2010年01月13日

もののあわれ 473

蓬生 よもぎふ

藻塩たれつつ侘び給ひし頃ほひ、都にも、さまざま思し嘆く人多かりしを、さてもわが御身のより所あるは、ひとかたの思ひこそ苦しげなりしか、二条の上などものどやかにて、旅の御すみかをもおぼつかなからず聞えかよひ給ひつつ、位を去り給へる狩の御よそひをも、竹のこのよの憂き節を、時々につけてあつかひ聞え給ふに、なぐさめ給ひけむ、なかなかその数と人にも知られれず、立ち別れ給ひし程の御有様をも、よその事に思ひやり給ふ人々の、下の心くだき給ふたぐひ多かり。




海人にも似た、苦しい生活をされていた時期、都でも、あれこれと、心を痛める、女も、多かった。それでも、暮らしに困らない方は、君を思い、その苦しみは、人の見えるほどだった。二条の上なども、生活の苦労は、知らず、都を離れた、お住まいにも、心配ない程度に、手紙のやり取りをして、退官されて、質素なお召し物にしても、この世の憂きことに、季節ごとに、お世話して、心を静めていただろう。
だが、なまじ、愛人の一人と誰にも、認めてもらえず、都を離れる際に、その姿を見る事が出来ず、想像するだけだった、方々で、人知れず、苦労された人も多いのである。




常陸の宮の君は、父親王の亡せ給ひにし名残に、また思ひあつかふ人もなき御身にて、いみじう心細げなりしを、思ひかけぬ御事の出で来て、とぶらひ聞え給ふ事絶えざりしを、いかめしき御勢にこそ、事にもあらず、はかなき程の御情ばかりと思したりしかど、待ち受け給ふ袂の狭きに、大空の星の光をたらひの水にうつしたるここちして、過ぐし給ひし程に、かかる世の騒ぎ出で来て、なべての世憂く思し乱れし紛れに、わざと深からぬ方の心ざしはうち忘れたるやうにて、遠くおはしましにし後、ふりはへてしもえ尋ね聞え給はず、その名残にしばしは泣く泣くも過ぐし給ひしを、年月経るままに、あはれに淋しき御有様なり。





常陸の宮の君、つまり、末摘花のことである。
父の親王が、お亡くなりになった後は、他に面倒をみる人も無く、生活も、大変難しく見えたが、思いがけない事があり、源氏の、仕送りが、絶えなかった。
それは、大変な威勢から見れば、取るに足りないものだったが、受け取る方は、貧乏な生活なので、まるで、空の星の光を、小さな盥の水に映してみるような、気持ちがして、日を送っていらした。
このような、天下一の大事が起こり、世の中、すべてが、辛いものと、思い違いされて、特別に、深くない方々への、愛情は、忘れたことであろうと、遠く須磨に行かれた後は、便りもされなかった。
その後は、しばらく、泣きながら、過ごしていたが、年月が、経つにつれて、気の毒な、淋しい様子である。




ふるき女ばらなどは、老女「いでや、いと口惜しき御宿世なりけり。おぼえず神仏のあらはれ給へらむやうなりし御心ばへに、かかるよすがも人は出でおはするものなりけりと、ありがたう見奉りしを、おほかたの世の事といひながら、また頼むかたなき御有様こそ悲しけれ」と、つぶやき嘆く。さるかたにありつきたりしあなたの年頃は、いふかひなき淋しさに目馴れて過し給ふを、なかなか少し世づきてならひにける年月に、いと堪え難く思ひ嘆くべし。すこしもさてありぬべき人々は、おのづから参りつきてありしを、皆次々に従ひていき散りぬ。女ばらの命堪へぬもありて、月日に従ひて上下の人数少なくなりゆく。





古くからの女房などは、ああ、まことに、口惜しい運であった。おもいがけずに、神や仏が、現れたような扱いだったのに、このように、頼りになる、お方も姫のために、お出でになることもあったと、嬉しく思っていたのに、われらには、関係ないことと、申すものの、あのお方のほかには、頼むところがない、身の上が悲しいことと、ぶつぶつと、嘆く。
貧しい生活が長い、過去の幾年かは、お話にならない、淋しさも、特に何とも思わずに、姫は、過ごしていたが、なまじ人並みの生活をした月日のため、女房たちは、こらえ切れない、思いで、嘆く。少しは、役に立ちそうな、女房たちも、招かずとも、お仕えしたりしたが、今では、次から次と、引き続いて、去ってしまった。
女房の中には、生きながらえないものもあり、日がたち、月がたつにつれて、上の者、下の者も、数が少なくなっていく。




もとより荒れたりし宮のうち、いとど狐のすみかになりて、うとましうけどほき木立に、ふくろうの声を朝夕に耳ならしつつ、人げにこそさやうのものもせかれてかげかくしけれ、こだまなど、むしからぬものども、ところを得て、やうやう形をあらはし、もの侘びしきことのみ、数知らぬに、まれまれ残りてさぶらふ人は、女房「なほいとわりなし。この受領どもの、おもしろき家造りこのむが、この宮の木立を心につけて、はなち給はせてむや、と、ほとりにつきて、案内し申さするを、さやうにせさせ給ひて、いとかうもの恐ろしからぬ御住居に思しうつろはなむ。立ちとまりさぶらふ人も、いと堪え難し」など聞ゆれど、姫「あないにじや。人の聞き思はむこともあり、生ける世に、しか名残なきわざはいかがせむ。かく恐ろしげに荒れ果てぬれど、親の御影とまりたる心地する古き住みかと思ふに、なぐさみてこそあれ」と、うち泣きつつ、思しもかけず。





もともと、荒れていた、邸の内には、ますます、狐の住処になってしまい、気味悪く、人気のない木立に、ふくろうの声を朝夕と、耳にして、人の気配があれば、そういうものも、影を隠したが、今は、木の精霊など、奇怪な物が、次第に、姿を現し、ぞっとすることばかりが、数え切れない。
残って、お仕えする女房は、やはり、何とも、しかたありません。受領どもで、結構な建築を好む者が、この宮の、木立に目をつけて、手放さないかと、ツテを求めて、申し入れますが、そのようにして、これほどに、恐ろしくないお住まいに、移ることを、考えましょう。今、残って奉公を続ける者も、我慢が出来ません。と、申し上げる。
姫は、まあ、酷いこと。世間の外聞や、思惑もあります。私が生きている限り、そんな父宮を、無にするようなことが、できるでしょうか。こんなに、気味悪く、荒れ果ててしまったが、父宮の、面影が残る、昔からの、住処だと、思えばこそ、心が静まりもしますのに、と、涙を流して、取り合わないのである。





posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第10弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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