2010年01月13日

最後の沈黙を破る 43

新興宗教が、隆盛を極めるのは、おおよそ、60年間である。
その後は、次第に、衰退する。

ある宗教が、隆盛を極め終わるということは、その背後についた霊団が、離れるということである。

何故、離れるか。
次に乗り換えるためである。

その、霊団は、いくつかある。
それらが、新しい、霊能力を持つと、自称する者の背後に、憑く。
そして、急成長する。

すべては、魔界関与のものである。

その証拠は、建物を建てる。
建物を建てるには、お金が必要である。
信者から、搾取すするのである。

背後の霊団は、それが、楽しいのである。

一つの街を作り上げた、宗教がある。
搾取の宗教と、言われた。

その教組は、奉仕と、与えることに生きた。
だが、その後の、教団が、逆を行うのである。
それで、背後の霊団が、本当の、姿を現したということである。

教組の生き方は、素晴らしかった。だが、その後が、よろしくないというが、それは、違う。教祖も、おかしかったのだ。

慈悲魔というのである。

人を助けて、慈悲魔になる。

それも、背後の霊団のゆえである。

宗教を造るためには、背後の霊団は、人を容赦せず、使う。使い切るのである。

亡き人の、霊からの言葉を、多く語る教祖がいる。
有名人の、霊からの、コンタクトであるというが、その証拠は、無い。

全く、別の霊が、それであると、名乗っている場合、多々あり。

本人が、そう信じているだけである。

インドの、サイババに似た霊能力を持っていた、日本人の教組がいた。

彼も、背後の霊団を、見抜けなかった。
だから、その後の、宗教法人は、衰退してゆくのである。
すでに、他の宗教団体の背後に、回った。

インドに、聖者が多く出現するのは、インドが、魔界に取り込まれている、ゆえである。
そのインドから、日本にも、多くの、神なるものが、乗り込んできた。

仏典と一緒に、である。

大乗仏教経典は、それらの、魔界の神々を、仏の守護とした。
釈迦仏陀が、最も、嫌ったことである。

釈迦仏陀は、霊、霊界などについて、一言も、言わない。
更には、霊能力も、無視した。

徹底して、人間としての、心のあり方を、見詰める方法を、伝えた。

更に、超越した存在も、置かなかった。
置く必要が無いのである。

自然に、満ち溢れるものを、見詰めて、内省してゆけば、自ずと解ることだからだ。

釈迦仏陀は、一言も、信じることを、勧めなかった。
ただ、心を静かに、整えることのみに、専念するようにと、教えた。

勿論、念仏も、題目も無かった。
怪しい、加持祈祷なども無かったどころか、それらを、否定した。

呪術を否定し、あらゆる、妄想を否定した。

仏滅後、しばらくは、それが、続いたが、その教えを、整理して、統一する段階に入り、おかしくなる。

インド伝統の、思想などの影響にもよるが、屁理屈になっていった。

ただ、救いは、釈迦仏陀の、瞑想法が、生き残っているということだ。
それは、宗教組織と関係なく、行われている。

宗教組織になると、誤るということ、明白である。

さて、日本の神社神道系ではない、教派神道といわれる、新興宗教の、一つから、多くの、新興宗教が生まれた。

背後霊団の、分裂が激しく、如何に、その二人の、開祖が、魔物に冒されていたかということだ。

更には、古神道の復興と称して、多くの誤った情報を、信者に伝えた。
信者の中には、そこから、霊的能力を得た者も、多い。

魔物だから、いくらでも、増える。

更に、更に、分派していった。
彼らは、宗教がいかに、金を得るかを見て、独立していったのである。
魔物の世界である。

そして、信じる者は、騙されて、更に、騙され続けるのである。

メシアとして、名高いのは、主イエスである。
しかしそれは、キリスト教という、魔物に化けた。
政治権力と、結託して、世界宗教に、のし上がった。

主イエスは、ユダヤ教の改革者であり、キリスト教を創設したのではない。
初期、キリスト教とは、ユダヤ人のものだった。

キリストとは、メシアという意味であるから、メシアであるイエスの教団である。

日本語に訳すと、救世主教である。
昔は、天主教といったが、違う。

初期キリスト教徒を、皆殺しにして、ローマカトリックが、成り立った。

さて、今、世界で、急速に信徒が多くなっているのが、イスラム教である。

魔力の力が、強力だということである。

初期イスラム教は、武器を持って、信者を増やした。
そして、政治権力と、結びついて、確実なものとする。

為政者、支配者にとって、宗教ほど、都合の良いものはない。

日本でも、大型の宗教は、政党を掲げている。
政治権力と、宗教を持って、世に臨んでいる。
それは、上の者の、野心に他ならない。

釈迦仏陀も、主イエスも、政治に関与せず、また、建物を造らなかった。
釈迦仏陀は、寄進された場所で、教えていた。

しかし、本人は、徒歩で、教えを伝えていた。

見事なことは、書き物を残さなかった。
何故か。
その解釈により、教えが、歪むことを、知っていた。

現に、今では、解釈で、本当の教えさえ、分からないのである。

釈迦仏陀は、太陽系の霊系であり、主イエスは、ユダヤの神の、使者としてきたが、途中で、転向したゆえに、ユダヤ教を、改革できず、その神と、対立した。

その背後の、霊団は、凄まじいばかりの、戦いを行ったはずである。

そして、ついに、ユダヤ人によって、十字架刑に及んだ。
それによって、ユダヤ教から、独立して、イエスの教会が出来たが、それも、奪われることになった。

ヒマラヤ霊系である。
そこから、ユダヤ、キリスト、イスラム教が、起こっている。

旧約聖書を、念入りに読めば、それらの、関係が、理解される。

この宇宙に、超越した、絶対者は無い。
つまり、絶対的、神とか、仏は無い。

存在するのは、霊である。

主イエスは、だから、聖霊に対する罪は、許されないと、言明した。

すべては、霊のなすことだからである。

日本の伝統は、祖霊崇敬である。
信仰ではない。

更に、日本の伝統には、宗教という、概念がない。
ゆえに、教組も教義もない。
ただ、所作だけがある。

言挙げせず、なのだ。

大切なことは、すべて、所作を持って伝えた。
言葉の世界が、いかに、変化し、歪なものになるかを、知っていたようである。

更に、日本の伝統所作のみに、清め祓いというものがある。
それは、見事に、優れたものである。
国の祭祀は、天皇が行い、それぞれの、地域では、神職をおかず、皆が、それぞれで、祭祀を行った。

職業、宗教家を置かなかったということである。

つまり、何一つの、所有物を持たないのである。
祭りは、奉りであり、奉る、たてまつる、ことである。

それは、自然の樹木などを、依り代にして、つまり、霊の場として、祭祀し、終わると、また、自然に戻した。

社、やしろは、霊の住まいであり、信者を集めて、説教する場ではない。
基本的に、建物を、必要としないのである。

欧米の宗教学で言えば、偶像崇拝ではないのである。

社の中には、大きな、鏡を置いているだけである。
ご神体とは、便宜上である。

あの、伊勢神宮でさえ、皇祖皇宗をお奉りする建物は、高床式の、掘っ立て小屋である。

紙一枚でも、霊は、降臨するという、所作がある。

そして、祝詞を、献上するのみ。
文字の通り、お祝いの詞を、述べるのである。

その言葉が、言霊として、すでに、霊になるのである。

こちらも、霊で、あちらも、霊である。
更に、願い事も、しない。

こころだに 誠の道に かないなば 祈らずとても かむや守らん
菅原道真

神、カミ、ではない。
かアむウ、である。
アは、開く。ウは、お出でを乞う意味である。

そして、お送りる時は、オーーーー、である。

拍手は、清める意味である。

神社神道では、二拝、二拍、一拝である。

私は、2拍で、拝無し、2拍である。
拝は、祝詞を挙げる。

天皇陛下は、拝のみである。
伊勢神宮以外の、社は、天皇陛下より、格式が低いのである。

天皇陛下は、国家の祭祀であるからだ。
伝統である。

これは、宗教という、観念を超えたところのものである。
日本の、政治は、政、まつりごと、といわれるように、祭祀が、中心である。

勿論、今、現代社会に置いては、政治家に、具体的政治を、任せる。
天皇は、それを、国民の総意として、承認される。

昭和天皇が、敗戦によって、退位されなかったことは、奇跡的である。
最後の最後まで、国民と、共にありたいのと、ご意志である。

全国行幸の際に、陛下は、戦争の犠牲の、様々をご覧になり、断腸の思い深くし、日本を立て直すために、全力を懸けた。

小さな子が、肩に、両親の遺骨をかけて、天皇に拝謁した時、天皇陛下のために、死にましたと、言った。
陛下は、絶句したまま、起立して、動けなかったという。

それが、至る所であった。
通常の人間ならば、狂う。

日本の伝統が、陛下によって、示された。

日本に、宗教は無い。
伝統が、息づいている。

天皇の、背後霊団は、皇祖皇宗であり、祖霊である。
ここに、一点の、揺らぎも無い。

私の、古神道の所作も、天皇陛下あっての、所作となるのである。

日本の正式名称は、とよあしはらのみずほのくに、である。
天照るかむの、時代に、制定された。

更に、天皇の、正式名称は、すめらみこと、である。

そして、高天原とは、天照るかむの、都である。
富士山麓に存在した。

これ以上は、天皇陛下について、で、書くことにする。



posted by 天山 at 00:00| 沈黙を破る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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