2010年01月07日

ジャカルタ・スマトラ島・パダンへ 7

ジャカルタ最後の日、つまり、四日目の朝である。

コータは、寝ていた。
昨夜、カラオケに出掛けている。
私の、寝ている間に、戻っていた。

私は、タバコを吹かしつつ、ぼんやりと、外を眺めた。
今時期は、ジャカルタの、雨季の終わりであるが、雨に当たらなかった。

今日も、晴れである。

時計を見ると、六時を少し過ぎている。

日本時間で、八時なので、実家の母に、電話をする。
ただ、声を聞かせれば、安心するので、電話をする。

ああ、大丈夫かい、解った
それだけである。

母は、話も、ろくに聞かずに、電話を切る。国際電話は、高いと、思っている。
私も、コータも、携帯電話を、持っている。

私たちの携帯は、それぞれの国に行き、内部のチップを変えると、どの国でも、使用できる。
勿論、期限があるので、注意。

大体、半年以内であれば、番号を変えることなく、使用出来る。

今回は、コータの電話だけを、使った。

だが、私は、自分の携帯電話の、それぞれの、国の番号を知らないのである。

必要な時は、メモを見る。
日本の携帯電話の番号も、覚えていない。

尋ねられるたびに、手帳のメモを見る。
どうして、覚えられないのか、解らない。

カーテンをすべて開けると、部屋が、明るくなる。
コータが、目を覚ました。
だが、すぐ、起きることは無い。

どうだったーーー
カラオケである。
売春だね
それだけで、意味が解った。

飲み代は、安い。
そこに、みやび、という、女たちが着く。それが、売春斡旋である。
みやび、とは、日本占領時代の名残のようだという。

みやび、と、呼ばれた女たちは、皆、体を売る。
一日、一緒にいると、80万ルピア、つまり、8千円。
セックスが付くと、180万ルピア、つまり、1万8千円であるという。

コータは、それは、ボラれる値段だという。
そんなに、しないはずだと。

日本人だと、解っての、値段である。

8千円で、十分だと、言う。
やり手婆あがいる、のである。

朝、五時まで、営業していて、地元の、男たちも、来ていると、言う。
ただ、彼らは、お金が無いから、歌うだけだとのこと。

女を買うのは、中華系と、韓国系であるらしい。

ホテルの、部屋は、三時間使用と、六時間使用がある。

実は、私は、それを、間違えて、三日間使用だと、その料金になり、六日間使用だと、その料金になると、勘違いした。
英語力の無さである。

五階の部屋が、多く使用されるらしい。

更に、ストリップシューがあり、とても、激しいものだったとのこと。
コータは、体を擦り付けられて、飲み物を、ねだられた。
それが、彼女たちの売り上げになる。

ストリップシューに出演するのは、年増の女たちである。
全裸に近い、パンティ一つになるという。

コータの出費は、20万ルピア程度だった。つまり、2千円である。

ボーイや、歌う専門の女の子もいるという。
他の客が、コータに、ボーイも、みやび、だと言ったらしいが、真偽のほどは、解らない。
まあ、金を出せば、ボーイも、売るのであろう。

それで、カラオケの話は、終わりである。

スパは、風呂であるが、そこでは、何が行われるのか、分からない。
私は、ボーイに、マッサージを勧められたが、気乗りしなかった。

部屋にも、出張するというが、やり取りが、面倒である。
タイのように、マッサージの店が少ないのが、残念だった。

昼前に、飛行機のチケットを、買いに出掛けた。
ガイドブックには、5000円程度から、チケットがと、書かれてあるので、それを、鵜呑みにしていた。

ホテルの並びに、旅行代理店がある。
大きな通りが、三つ交差した場所を、通る。

信号が無いので、渡るのが、大変である。

ようやく、そこを通り抜けて、代理店に入った。
愛想のよい、若者の前に行った。
エアポートチケットと、私は、言ったが、通じない。
後は、コータに、任せることにした。




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