2010年01月02日

もののあわれ 462

「五月五日ぞ、五十日にはあたるらむ」と、人知れずかずへ給ひて、ゆかしうあはれに思しやる。「何事も、いかにかひあるさまにもてなし、うれしからまし。口惜しのわざや。さる所にしも心苦しき様に出できたるよ」と思す。男君ならましかば、かうしも御心にかけ給ふまじきを、かたじけなういとほしう、わが御宿世も、この御事につけてぞ「かたほなりけり」と思さる。





五月五日は、明石の姫の、五十日にあたるはず、と、心で、数え、見たくてたまらず、かの地に、思いをはせる。
万事、都でのことであれば、どんなにしても、立派にお祝いして、嬉しいことだろう。残念である。何と、あのような、選りによって、辺鄙に田舎に、生まれ合わせたのかと、思われる。
若様であれば、このように、気にかけることもないが、姫君ゆえに、后にもと、もったいなく、可愛そうにも、思われる。
我がことも、この御子のために、あのような悲運もあったのだろうと、思われた。

ゆかしうあはれに
前後の文で、意味が、それぞれ違う。
ここでは、嬉しい気持ちである。そして、更に、複雑な心境である。




御使出だし立て給ふ。源氏「必ずその日違へずまかりつけ」と宣へば、五日に行きつきぬ。思しやることも、あり難くめでたき様にて、まめまめしき御とぶらひもあり。

源氏
海松や 時ぞともなき かげに居て 何のあゆめも いかにわくらむ

心のあくがるるまでなむ。なほかくてはえ過ぐすまじきを、思ひ立ち給ひね。さりともうしろめたき事は、よも」と、書い給へり。


五十日の、使いを立てる。
源氏は、必ず、五日に、間違いなく、到着せよと、命令した。
使いは、五日に、到着した。
贈り物なども、またとないほどで、実用的なものも、差し上げた。

源氏
海松、いつも変わらない色の松の、陰にいたのでは、今日が五日と、如何にして、分かるのか。五十日、いか、の、祝いができるのか。

飛んでゆきたいほどの、気持ちです。姫が生まれた以上は、今まで通りに、してはいられない。矢張り、上京する決心をしてください。心細い思いは、させません、と、書いてある。

五十日を、いか、と読み、何のあやめも いかにわくらむ、と、歌う。
あやめは、五月五日の、菖蒲のことである。





入道、例の喜び泣きして居たり。かかる折は、生けるかひも作りいでたる、道理なりと見ゆ。ここにも、よろづ所せきまで思ひ設けたりけれど、この御使なくは、闇の夜にてこそ暮れぬべかりけれ。乳母も、この女君のあはれに思ふやうなるを語らひ人にて、世のなぐさめにしけり。



入道は、例のごとく、喜び泣きしていた。
このような、時には、生きていたかいがあると、泣くのも無理ないこと。
明石も、立派な、お祝いの準備をしていたが、源氏のお使いがなければ、闇夜の錦で、何の見栄えもなく、終わったことだろう。乳母も、明石が、感心するほどの人であり、よい話し相手にして、憂き世の慰めにしていた。




をさをさおとらぬ人も、類にふれて迎えとりてあらすれど、こよなくおとろへたるみ宮仕へ人などの、いはほの中たづぬるが落ちとまれるなどこそあれ、これこよなうこめき思ひあがれり。聞き所ある世の物語などして、大臣の君の御有様、世にかしづかれ給へる御おぼえの程も、女心地に任せて限りなく語り尽くせば、げにかく思し出づばかりの名残とどめたる身も、いとたけくやうやう思ひなりけり。





この、乳母に、負けない身分の、女房も、縁をたどって、京から、向かえて、付き添わせているが、それは、昔、宮使えした、者で、今は、すっかり老い朽ちて、出家でもしようかと思ったが、たまたま、ここに、住み着いたといった者に、過ぎない。
ところが、乳母は、世間ずれせず、気位も高い。
面白い世間話などをして、大臣の様子や、世間から、大切に思われている、名声を、女心に任せて、果てもなく、話し続ける。
それで、明石も、これほどに、思い出してくださる、形見の姫君を、生んだ我がことも、偉いものだと、次第に、思うようになってきた。



御文ももろともに見て、心の中に、「あはれ、かうこそ思ひの外にめでたき宿世はありけれ。憂きものはわが身こそありけれ」と、思ひ続けらるれど、源氏「乳母の事はいかに」など、こまかにとぶらはせ給へるもかたじけなく、何事もなぐさめけり。御返しには、

明石
数ならぬ み島がくれに 鳴く鶴を けふもいかにと 訪ふ人ぞなき
かずならぬ みしまがくれに なくたづを けふもいかにと とふひとぞなき

よろづに思う給へむすぼほる有様を、かくたまさかの御なぐさめにかけ侍る命の程もはかなくなむ。げに後やすく思う給へ置くわざもがも」と、まめやかに聞えたり。




乳母は、お手紙も、一緒に拝見して、心の中で、何と、これほど、意外な運のある方も、いるのだと、思う。不運なのは、私のなのだと、つい考えるが、源氏が、乳母は、どうしているか、などと、自分のことを親切に、尋ねて下されたのも、勿体なく、心の、憂さが、晴れたのである。
君への、ご返事は、

明石
取るに足らぬ、私の傍にいる、姫君を、お祝いの今日さえ、尋ねてくださる方は、おりません。

色々な、物思いに、塞いでおります、この身の上、このように、時々の、お手紙で、支えております、私の命は、果たして、いつまで、持ちますことか。何卒、姫については、心配のないように、計らってください、と、心から、申し上げた。


乳母が、手紙を一緒に拝して、あはれ、と、一言が出る。
これは、詠嘆である。
溜息である。

そして、憂きものは我が身こそありけれ、という。
しかし、源氏の手紙には、乳母は、どうしているか、との、書き込みを、見て、かたじけなく、思うのである。

あはれ、かたじけない、と、書いてもいい。
あはれ、には、あらゆる、使い方があるということだ。




posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第10弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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