2009年12月04日

もののあわれ 434

明石
源氏に十七歳の三月から二十八歳の八月まで。

なほ雨風やまず、かみ鳴り静まらで日頃になりぬ。いとどのわびしき事数しらず、来し方行く先悲しき御有様に、心強うしもえ思しなさず、「いかにせまし。かかりとて都に帰らむことも、まだ世に許されもなくては、人笑はれなる事こそ増さらめ。なほこれより深き山を求めてや跡たえなまし」と、思すにも、「波風に騒がれて、など、人の言ひ伝へむこと、のちの世までいと軽々しき名をや流しはてむ」と思し乱る。御夢にも、ただ同じさまなる物のみ来つつ、まつはし聞ゆ、と見給ふ。雲間もなくて明け暮れるる日数に添へて、京の方もいとどおぼつかなく、「かくながら身をはふらかしつるにや」と、心細う思せど、かしらさし出づべくもあらぬ空の乱れに、出で立ち参る人もなし。





なおも、雨も風も、やまず、雷も静まらないままに、数日たった。
ひとしお、辛く思うことは、数限りなく、今までも、これからも、悲しい身の上かと、心も、くじけてしまい、いったい、どうしたものだろうか。
しかし、都に帰るとしたら、まだ、お許しも出ていないのでは、いっそう物笑いになるだろう。やはり、ここより、もっと、深い山を探して、身を隠そうか、と思うが、それも、波風に恐れをなして、などと、噂されるとすれば、後の世までも、身分に相応しからぬ、振る舞いと、笑われてしまう。と、迷うのである。
夢にも、最初に見た、同じ姿の者が、現れて、つきまとう。
雨雲の、晴れ間もなく、明け暮れる日と共に、京の消息も、ますます、途絶える。
このまま、自分は、ここに朽ち果てるのだろうか、と心細く思うが、この大荒れの中では、お見舞いにやって来る者も、いない。





二条の院よりぞ、あながちに、あやしき姿にてそほぢ参れる。道かひにてだに、「人か何ぞ」とだに御覧じ分くべくもあらず、まづ追ひ払ひつべき賎の男の、むつまじうあはれに思さるるも、われながらかたじけなく、屈しにける心のほど思ひ知らる。御文に紫「あさましくをやみなき頃の気色に、いとど空さへとづる心地して、ながめやる方なくなむ。
浦風や いかに吹くらむ 思ひやる 袖うちぬらし 波間なきころ」

あはれに悲しきことども書き集め給へり。いとどみぎはまさりぬべく、かきくらす心地し給ふ。




二条の院から、使いの者が、ひどく、みすぼらしい姿で、びしょ濡れになって、やって来た。
道で、行き逢っても、人なのか、何なのか、解らないほどである。
傍には、寄せ付けられない、このような卑しい男を、源氏は、懐かしく、思うにつけても、自分ながら、勿体無く、何と言う、気の使い方と、思う。
手紙には、紫の上が、恐ろしいばかりに、降り続くばかりの雨、止むこともない、今日この頃、私の心ばかりか、空までも、塞がってしまった思いがいます。心の、晴らしようがありません。

須磨では、浦風が、どのように吹いていることでしょう。遠く思います私でさえ、袖を濡らして、涙の絶える間もない、今日この頃です。

心を打つ、悲しいことの、数々をかき集めている。ひとしお、激しく落ちる涙に、目も、くらむようである。

あはれ悲しきことども
これは、このままで、訳す必要はない。
深く身に沁みて、思うことなのである。

悲しみに、あはれは、勝る。
ここでは、憐れ、という感情である。

いとどみぎは まさりぬべく
更に、いっそう、涙が溢れる。




使者「京にもこの雨風、いとあやしき物のさとしなりとて、仁王会など行はるべしとなむ聞え侍りし。うちに参り給ふ上達部なども、すべて道とぢて、まつりごとも絶えてなむ侍る」など、はかばかしうもあらず、かたくなしう語りなせど、京の方のことと思せば、いぶかしうて、お前に召し出でて問はせ給ふ。使者「ただ例の雨のをやみなく降りて、風は時々吹きいでて、日頃になり侍るを、例ならぬことに驚き侍るなり。いとかく地の底通るばかりの氷降り、いかづちの静まらぬことは侍らざりき」など、いみじき様に驚き怖ぢてをる顔のいとからきにも心細さぞまさりける。





使者は、京でも、この雨風は、恐ろしい、何かのお告げだと、言いまして、仁王会が、行われるゆえと、聞いております。御所に、上がられる、上達部なども、すっかりと、道が塞がり、公の、政事も絶えております、などと、不器用な言葉で、ぎこちなく、話す。
源氏は、京の話しだと思うと、気になり、御前に召して、問わせる。
使者は、ただいつものように、雨が、降り続き、風がときに吹き出して、それが、幾日も続いております。普通のことではないと、驚いています。このような、地の底に通るような、雹が降り、雷の止まないことは、ありませんでした。などと、この地の、酷さにも驚いて、怯えている。
源氏は、その顔を見ているだけで、余計に、心細くなるのである。

氷降り
雹が降ることは、天の諭しの意味がある。

仁王会とは、仁王護国般若経を講ずる行事。

当時の自然の、様は、何かの意味があると、考えられた。
気象学などない、時代である。
天地の心が、自然の有様であると、考えるのである。

いかづちの 静まらぬことは
雷の静まらぬことは、今までなかったのである。




posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第10弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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