2009年12月02日

もののあわれ 432

須磨には、年かへりて日ながくつれづれなるに、植えし若木の桜ほのかに咲きそめて、空のけしきうららかなるに、よろづのこと思しいでられて、うち泣き給ふ折おほかり。



須磨では、年も、改まり、日も長く、のんびりとしている。
昨年、植えた、若木の桜も、ちらほらと、咲き始めている。空模様も、うららかであるにつけ、以前のことが、思い出されて、ふと涙のこぼれることも、多い。




二月廿日あまり、いにし年、京をわかれし時、心ぐるしかりし人々の御ありさまなどいと恋しく、南殿の桜さかりになりぬらむ、ひととせの花の宴に、院の御けしき、内の上のいときよらになまめいて、わが作れる句を誦し給ひしも、思ひで聞え給ふ。

源氏
いつとなく 大宮人の 恋しきに 桜かざしし 今日もきにけり




二月廿日過ぎ、昨年、京を離れた時に、可愛そうに思った女たちのことなど、無性に恋しく、南殿の桜も、盛りになったであろう。昨年の、花の宴に、院のご様子、主上の、ひときわ美しく、優雅な姿、自分で作った、詩を、吟じた、ということを、思い出した。

源氏
いつとは限らず、大宮人は、恋しい。桜をかざした、その日が、また、やってきた。




いとつれづれなるに、大殿の三位中将は、今は宰相になりて、人がらのいとよければ時世のおぼえ重くてものし給へど、世の中のあはれにあぢきなく、物の折ごとに恋しくおぼえ給へば、「事の聞えありて罪にあたるともいかがはせむ」と思しなして、にはかにまうで給ふ。
うち見るより、めづらしううれしきにも、ひとつ涙ぞこぼれける。




つれづれで、退屈なので、大殿の、三位中の将は、今は、宰相に昇任して、人柄も、とてもいいので、世間の信用も厚くしている。だが、世の中が、しみじみ、つまらなく、何かあるごとに、恋しく思われるので、噂が立ち、罪に当たるもと、かまわないという、気になって、急に、源氏を訪ねるのである。
顔を合わせると、久しぶりで、嬉しくて、一緒に涙を流すのだ。





住まひ給へるさま、いはむ方なくからめいたり。所のさま絵にかきたらむやうなるに、竹あめる垣しわたして、石の階、松の柱、おろそかなるものから、めづらかにをかし。




お住まいになっている、所は、中国の趣味のようである。
この地の様子も、絵に描いたような所で、その上に、竹を編んで作った、垣根をめぐらしている。石の階段、松の柱、粗末であるが、珍しく、面白い。




山がつめきて、ゆるし色の黄がちなるに、青鈍の狩衣指貫、うちやつれて、ことさらに田舎びもてなし給へるしも、いみじう見るに笑まれて清らなり。取り使ひ給へる調度も、かりそめにしなして、御座所もあらはに見入れらる。碁双六の盤、調度、弾ぎの具など、田舎わざにしなして、念誦の具、行ひ勤め給ひけりと見えたり。



山がつのように、ゆるし色の黄色がかった、下着に、青鈍の狩り衣、指貫。質素に、ことさら、田舎風にしているのが、見るなり、顔も、ほころびてしまう、美しさである。
使われている道具も、一時の間に合わせに作ってあり、御座所も、丸見えである。
碁や、双六の盤や、道具、弾きの具など、田舎風に作り、念誦の具の様子から、察すると、お勤めをしていらっしゃると、見える。





もの参れるなど、ことさら所につけ、興ありてしなしたり。あまどもあさりして、かつひ物もて参れるを、召しいでてご覧ず。浦に年経るさまなど、問はせ給ふに、さまざま安げなき身の憂へを申す。そこはかとなくさへづるも、「心のゆくへは同じ事、なにか異なる」とあはれに見給ふ。御衣どもなどかづけさせ給ふを、「生けるかひあり」と思へり。御馬ども近う立てて、見やりなる倉か何ぞなる稲取りいでて飼ふなど、珍らしう見給ふ。





食事を、差し上げることにして、ことさらに、ここに合わせて、面白くしてある。
海人ども、漁をして、貝の類を持ってくるのを、呼び出して、ご覧になる。
海辺に、年月を過ごす生活などを、質問すると、あれこれと、心細い暮らしの、辛さを申し上げるのである。
とりとめもない、おしゃべりをして、考えるところは、同じこと。何が異なるのかと、しみじみと、ご覧になる。
遠衣などを、与えると、生きていた甲斐があったと、思っている。
幾頭もの、馬を御前近くに並べて、向こうに見える、倉か、何かの、稲を取り出して、食べさせるなどを、珍しく、ご覧になる。





あすか井すこしうたひて、月ごろの御物語、泣きみ笑ひみ、中将「若者の何とも世を思さでものし給ふ悲しさを、おとどの明け暮れにつけて思し嘆く」など語り給ふに、たへがたく思したり。
つきすべくもあらねば、なかなか片端もえまねばず。
よもすがらまどろまず、詩つくり明かし給ふ。さ言ひながらも、ものの聞えをつつしみて、いそぎ帰り給ふ。いとなかなかなり。




飛鳥井を、少し歌い、幾月つもる、お話を、泣いたり、笑ったりと、中将は、若君が、何とも思わずに、いらっしゃる悲しさを、大殿が、明けても暮れても、嘆いていらっしゃる、などと、お話すると、たまらなくなる。
しかし、お話尽すことは、できませんから、なまじに、少しくらいなら、申しません。
とは、作者の言葉である。
一晩中、一睡もせず、詩を作り、夜を明かす。
あのように、言ったが、世間の噂を気にして、急いで、お帰りになる。
なまじに会って、悲しい思いなのである。

飛鳥井とは、当時の、催馬楽という、曲である。




御土器まいりて、「酔ひのかなしび涙そそぐ春の盃のうち」と、もろ声にし誦し給ふ。御供の人も涙を流す。
おのがじしはつかなる別れ惜しむべかめり。
朝ぼらけの空に雁つれてわたる。あるじの君、

源氏
ふる里を いづれの春か ゆきて見む うらやましきは 帰るかりがね

宰相さらに立ちいでむ心地せで、

中将
あかなくに かりの常世を たちわかれ 春の都に 道やまどはむ

さるべき都のつとなど、よしあるさまにてあり。あるじの君、かくかたじけなき御送りにとて、黒駒奉り給ふ。源氏「ゆゆしう思されぬべけれど、風にあたりては、いばえぬべければなむ」と申し給ふ。世にありがたげなる御馬のさまなり。中将「形見にしのび給へ」とて、いみじき笛の名ありけるなどばかり、人とがめつべきことは、かたみにえし給はず。



盃を上げて、酔いの、悲しび、涙そそぐ春の盃のうち、と、声をそろえて、歌う。
御供の人も、涙を流す。
それぞれに、しばしの、別れを惜しんでいる。
朝ぼらけの空に、雁が、列をなして、渡る。あるじの君は、

源氏
ふるさとを、いつの春にか、見ることだろう。羨ましいのは、帰り行く、雁、あなたです。

宰相は、立ち去る気にも、ならず

中将
心残りのままに、雁は、常世を去りますが、花の都への道も、惑いそうです。

立派な、都への、土産など、風情あるものが、整えてある。
あるじの君、このありがたい、お礼にと、黒駒を差し上げる。
源氏は、不吉に思われるかもしれませんが、風に当たれば、いななくでしょうと、おっしゃる。
めったに、見られない、名馬の様子。
中将は、形見として、お忍びくださいと、立派な笛で、評判の高いものを、差し上げることで、人が非難するようなことは、互いに出来ないのである。

花の都に 道やまどはむ
都への道に、惑う、つまり、後ろ髪が引かれる思いなのである。

これは、通常の関係ではない。
恋人同士が、別れるような、描き方である。

須磨の、名場面である。




posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第10弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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