2009年11月21日

もののあわれ 421

おほかたの世の人も、誰かはよろしく思ひ聞えむ、七つになり給ひしよりこのかた、帝のおまへに夜昼さぶらひ給ひて、奏し給ふ事のならぬはなかりしかば、この御いたはりにかからぬ人なく、御徳をよろこばぬやはありし。やむごとなき上達部、弁官などの中にも多かり。それより下は数知らぬを、思ひ知らぬにはあらねど、さしあたりて、いちはやき世を思ひはばかりて、参り寄るもなし。世ゆすりて惜しみ聞え、下に公をそしり恨み奉れど、身を捨ててとぶらひ参らむにも、「何のかひかは」と思ふにや。かかる折りは人わろく、恨めしき人多く、「世の中はあぢきたなきものかは」とのみ、よろづにつけて思す。




一般の世間の人も、誰が、いい加減に思いましょうか。
七つになられて以来、陛下のお傍に、夜も昼も、お付して、奏上されることで、実現しなかったことはありませんでした。
その庇護に、与らないものはなく、恩恵を喜ばない者は、いなかった。
身分の高い、上達部や、弁官の中にも、多くいる。
それより、下の者たちは、数知れないのだが、それが、皆、解らないわけではない。しかし、この時期に、その厳しい世間の目に、気兼ねして、参上する者は、いない。
世の中の人、皆、惜しみ、心の中で、朝廷を、謗り、恨んだりするが、我が身のことを、考えると、それを無視して、お見舞いに出かけたところで、何の役にも立たないと、思いもする。
このような時には、情けないことだが、酷い人も多く、人間というものは、嫌なものだと、源氏は、思うのである。

よろづにつけて思す
すべてのことに、関して、である。




その日は、女君に、御物語りのどかに聞え暮らし給ひて、例の夜深く出で給ふ。狩りの御ぞなど、旅の穏そひ、いたくやつし給ひて、源氏「月出でにけりな。なほすこし出でて見だに送り給へかし。いかに聞ゆべき事多く積りにけりとおぼえむとすらむ。一日二日たまさかに隔たる折りだに、あやしういぶせきここちするものを」とて、御簾まき上げて、端にいざなひ聞え給へば、女君泣き沈み給へるを、ためらひていざり出で給へる、月影にいみじうをかしげにて居給へり。




その日は、女君、紫の上に、静かにお話をされて、過ごされる。
例のように、夜暗いうちに、お出でになる。
狩り衣など、旅の装束も、大変に質素にされて、月が出てしまった、いくらなんでも、少しは、出て、見送ってください。どんなにか、話したいことがあるか。後で、話したいことが、多かったと思うこと。一日、二日離れていても、不思議なほどに、晴れぬ思いがします、と、御簾を上げて、端の方に、お誘いする。
女君は、泣き沈んでいたところ、気持ちを静めて、出てきた。
月の光に、照らされ、とても、美しい。





「わが身んくてはかなき世を別れなば、いかなるさまにさすらへ給はむ」と、うしろめたく悲しけれど、思し入りたるに、いとどしかるべければ、

源氏
生ける世の 別れを知らで 契りつつ 命を人に 限りけるかな

はかなし」など、あさはかに聞えなし給へば、

紫の上
惜しからぬ 命にかへて 目の前の 別れをしばし とどめてしがな

「げにぞ思さるらむ」と、いと見捨てがたけれど、明けはてなばはしたなかるべきにより、いそぎ出で給ひぬ。




自分が、こうして、明日のことも解らない都を離れてしまったら、どんな生活をすることか、と、気がかりで、悲しいが、思いつめた様子を、見て、益々、酷くなりそうなので、
源氏
生きながらの、別れがあると、気づかずに、命のある限りはと、約束しました。

お話にもなりません、など、軽くおっしゃる。

紫の上
惜しくない、私の命に、替えましても、目の前の、別れを、しばし、留めたいと思います。

本当に、そうであろうと、立ち去りにくいが、夜が明けては、具合が、悪いと、急ぎ、ご出立になる。





道すがら面影につと添ひて、胸もふたがりながら、御船に乗り給ひぬ。日長き頃なれば、追い風さへ添ひて、まだ申の時ばかりに、かの浦に着き給ひぬ。
かりそめの道にても、かかる旅をならひ給はぬここちに、心細さもをかしさもめづらかなり。
おほえどのといひける所は、いたう荒れて、松ばかりぞしるしなる。

源氏
から国に 名を残しける 人よりも ゆくへ知られぬ 家いをやせむ

なぎさに寄る波のかつ返るを見給ひて、「うらやましくも」と、うちし誦し給へるさま、さる世のふるごとなれど、珍しう聞きなされ、悲しとのみ御供の人人思へり。





道々も、面影が常に、瞼から、離れない。
胸もつまりながら、船に乗り込む。
日が長い頃で、追い風があり、まだ、申の刻、午後三時頃に、かの浦に、到着した。

ほんの少しの、お出かけでも、このような、旅の経験がないことなので、心細さも、面白さも、はじめてのことである。
大江殿といったところは、酷く荒れた場所で、今は、松だけが、その、しるしである。

源氏
唐国の、名を残した、流人よりも、更にいっそう、行くへも知らぬ、侘び住まいであろう。

岸に寄せる波が、寄せては返す様をご覧になり、うらやましくも、と、口ずさむ様子で、世に言い古された歌ながら、新たしくも、聞こえて、ひたすら、悲しいと、お供の者たちは、思う。

伊勢物語
いとどしく 過ぎゆく方の 恋しきに うらやましくも かへる波かな




うち顧み給へるに、来し方の山は霞はるかにて、まことに三千里のほかのここちするに、かいの雫もたへがたし。

源氏
ふる里を 峰の霞は 隔つれど ながむる空は おなじ雲居か

つらからぬものなくなむ。



振り返り、ご覧になると、来し方の山は、霞の彼方である。まことに、三千里の外、である。櫂の雫も、こらえられない。

源氏
故郷は、峰の霞が、隔てている。だが、眺める空は、同じ空であろうか。

辛くないものは、一つもない。

かいの雫もたへがたし
雫は、涙である。
古今集
わがうへに 露ぞおくなる 天の川 とわたる舟の かいのしずくか

つらからぬものなくなむ
人生は、あはれ、であり、そして、つらからぬものはなくなむ、である。

それを、かろうじて、何かが、越えさせる。
その、何かとは何か、である。

万葉から、今に至るまで、それは、恋である。

恋こそ、超えられぬ、人生を、超える糧である。

日本の伝統は、恋心であり、それが、歌道に至り、もののあはれ、という、心象風景に、至るのである。




posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第10弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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