2009年11月20日

もののあわれ 420

御山に参うで給ひて、おはしましし御有様、ただ目の前のやうに思し出でらる。限りなきにても、世になくなりぬる人ぞ、言はむかたなく口惜しきわざなりける。よろづの事を泣く泣く申し給ひても、そのことわりをあらはにえ承り給はねば、「さばかり思し宣はせしさまざまの御遺言は、いづちか消えうせにけむ」と、言ふかひなし。





御陵に、参拝されて、ご生存中の、ご様子が、まざまざと、目のあたりに思われる。
どんな地位の方でも、この世を去られた御方は、話にならない、つまらぬことである。
何かを泣く泣く、申し上げても、その是非の判断を、たまわることも出来ない。あれほどに、心配して、仰せられた多くの遺言は、どこに、消えてしまったのかと、いうことも、甲斐がないのである。





御墓は、道の草茂くなりて、分け入り給ふ程いとど露けきに、月も雲隠れて、森の木立深く心すごし。帰り出でむかたもなきここちして、拝み給ふに、ありし御面影、さやかに見え給へる、そぞろ寒き程なり。


源氏
なきかげや いかが見るらむ よそへつつ 眺むる月も 雲隠れぬる




お墓は、道の草が茂り、分け入るが、露も増えてゆく。
月も雲に隠れ、森の木立は、うっそうとして、胸が締め付けられる思いである。
帰る方向も、わからなくなりそうであり、拝むときに、ご生前の姿が、はっきりと、見えた。
ぞっとする、ほどだった。

源氏
亡き父は、どのように、ご覧になっているだろうか。
お姿と、仰ぐ月も、雲に隠れてしまった。





明けはつる程に帰り給ひて、東宮にも御消息聞え給ふ。王命婦を御かはりにて侍はせ給へば、そのつぼねに、とて、源氏「今日なむ都離れ侍る。また参り侍らずなりぬるなむ、あまたの憂へにまさりて思う給へられ侍る。よろづおしはかりて啓し給へ。

いつかまた春の都の花を見む時うしなへる山がつにして」




すっかりと、夜の明けた頃に、お帰りになり、東宮にも、ご挨拶申し上げる。
王命婦を代理として、付き添わせているので、そのお部屋にあてて、源氏は、今日、都を離れます。二度と参上いたさずに、終わりましたことに、何事にもまして、切なく思われます。すべて、想像されて、よしなに、申し上げてください。

いつかまた、春の都の花を見ることも、ありましょうか。時に、見捨てられた、この、山賎の身にして。


王命婦は、藤壺の後を慕い、出家している。つまり、これは、作者の誤りか。
または、別の命婦か。





桜の散り過ぎたる枝につけ給へり。命婦「かくなむ」と御覧ぜさすれば、幼き御ここちにも、まめだちておはします。命婦「御返りいかがものし侍らむ」と啓すれば、東宮「しばし見ぬだに恋しきものを、遠くはましていかに、と言へかし」と宣はす。「ものはかなの御返りや」と、あはれに見奉る。あぢきたなき事に御心をくだき給ひし昔の事、折々の御有様思ひ続けらるるにも、物思ひなくてわれも人も過ぐい給ひつべかりける世を、心と思し嘆きけるを、悔しう、わが心ひとつにかからむ事のやうにぞおぼゆる。




それを、桜の花の散った後の、枝に付けた。
命婦は、このようでございますと、ご覧にいれると、幼い心ながら、真剣になっている。
ご返事は、いかがいたしましょうかと、命婦が伺うと、暫く会わなくても、恋しいのに、遠くに行くとは、どんなに、と伝えて、との仰せである。
あっけないほどの返事だと、胸打たれて拝する。
つまらない恋に、心労した昔の事、あの時、この時と、色々と思い出される。何の苦労もなく、自身も、宮も一生を過ごすことができたはずの世を、自ら求めて、苦労したことを、悔しく思い、我が身一人に、責任を感じるのである。

ものはかなの御返りや
あっけない、返事である。
もの はかな の 
もの儚い、である。




御返りは、命婦「さらに聞えさせやの侍らず。おまへには啓し侍りぬ。心細げに思し召したる御けしきもいみじくなむ」と、そこはかとなく。心の乱れけるなるべし。

命婦
咲きてとく 散るは憂けれど ゆく春は 花の都を 立ち帰り見よ

時しあらば」と聞えて、なごりもあはれなる物語りをしつつ、一宮のうち、忍びて泣きあへり。



ご返事は、なんとも、申し上げようもありません。御前には、お話しました。心細く思いあそばしている様子、いたわしゅうと、命婦は、はっきりとせずに言う。
心が乱れていたのだ。

命婦
咲いて、すぐに散るのは、辛いことです。春は、去ってもまた、花の都に、お戻りください。

時が来ませばと、申し上げて、後引き続き、しみじみとした物語をして、御殿の中の者、皆、密かに泣くのである。

なごりもあはれなる物語
名残惜しく、切ないお話をする、のである。




ひと目も見奉る人は、かく思しくづほれぬる御有様を、嘆き惜しみ聞えぬ人なし。まして常に参りなれたりしは、知り及び給ふまじきをさめ、みかはやうどまで、ありがたき御かへりのみ下なりつるを、しばしにても、見奉らぬ程やへむと思ひ嘆きけり。




一目でも、拝見した人は、このように、思い悲しくする様子を、嘆き惜しみ申さない人は、いない。まして、いつも、仕えていた者は、ご存知ない者まで、類稀な御庇護のもとにあったのであり、しばらくでも、拝することがなくなるのかと、思い嘆くのである。

源氏物語の舞台は、宮廷である。
更に、源氏は、天皇の御子である。
それが、今、都を離れて、須磨という、田舎に行くという。
作者は、源氏の、境遇を、貶めて、描く。

華々しい、恋愛物語ではないのである。
つまり、人の生涯というものを、見つめている。
その栄華と、衰退、そして、復帰などなど。
そのも、これも、あはれ、の、風景なのである。



posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第10弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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