2009年10月01日

レイテ島慰霊 1

レイテ島には、フィリピンの国内線、セブ・パシフィックに乗って、一時間と少しである。

当日は、満席だった。
同じ顔の写真のTシャツを着た人たちが、50名ほどいた。
誰なのか、解らない。
ただ、イスラム系の人たちである。

私は、搭乗手続きの、30分前に国内線乗り場に、着いていた。

国際線と、同じく、二時間前と、言われたからだ。

ホテルから、タクシーで、125ペソ。
チップは、無視して、上げなかった。
運転者は、不思議な顔をして、少し停車していたが、無視した。

セブ・パシフィックの社員たちは、親切だった。
初めての、空港で、よく解らないのである。
トイレも、乗り場も、人に尋ねた。

言葉は、解らないが、場所を尋ねると、世界共通で、指差して、教えてくれる。その指先を、見るのである。
その、方向へ、歩いてゆく。
また、解らなくなれば、人に尋ね、繰り返していると、目指す場所に行く。

すべてが、この調子である。

搭乗手続きをして、時間があるので、搭乗口に向かわず、二階のレストランに上がった。

餌のような、食べ物ばかりである。
アメリカン式の店。

よく解らないが、朝ごはんとして、ご飯を食べたかったので、写真のナンバーを言って、注文した。

ところが、出てきたものは、ラーメンに似たものである。
何が、違ったのか、解らない。しかし、しょうがない。食べた。
不味い。
ただ、しょうゆ味系が、フィリピンの味なので、食べられることは、食べられる。

持参していた、パンを取り出して、食べた。
更に、ハムも。
私は、捨てないので、持参して、歩く。
未だに、マニラで買った、みかん一つが、部屋にある。
勿論、禁止行為である。

腐ったと、確信するまで、持ち続けるのである。

さて、搭乗口に向かった。
大勢の人である。

前と後ろに、搭乗口があり、どちらなのか、解らない。
私は、いつも、一番最後に乗る、癖がある。
国際線では、決められた席に座ることは、ない。

搭乗時間が来たが、前後のどちらか、解らないので、待っていた。

さて、どちらか。
両方から、人が出て行く。

だいたい、見当がついて、乗り込むことにした。
チケットを見せると、大丈夫である。

今回は、満席であり、決められた席に向かう。
窓側である。
アーー嫌だ。

すでに、二人が座っていた。つまり、その二人を、立たせなければならないので、詰めて、座るように、促した。
おばあさんと、隣が、若い女性である。
二人とも、言うとおりにしてくれた。
通路側に、座る。

そして、寝た。

途中で、飲み物サービスがあり、目覚めた。
私は、マンゴージュースを頼んだ。
すると、50ペソと、言われた。
あらっ、そうだった。
サービスではないのだ。販売なのだった。
しょうがなく、50ペソを払う。

それを、飲み終わる頃、到着である。

そして、空港に降りた。
飛行機から、歩く。
寂れた空港である。

荷物を受け取り、空港から、出るまでの時間が、異常に長かった。すべて、人の手でするのだ。

ようやく、空港から出て、さて、乗り物である。
ホテルは、決めてあったので、ジプニーに乗ることにした。

信じられない行為のようである。
当然、タクシーに乗ると、思っている人々。

タクシー、タクシーと、私に声を掛けるが、無視する。
ジプニーを探す。
荷物を車の上に、積んでいる、ジプニーがあった。それに乗った。

ぎゅうぎゅう詰めである。
私の座る場所を、少し空けてくれた。

勿論、暑いから、汗が出る。

行き先は、知らない。でも、街には、行くだろうと、乗ったのだ。
矢張り、街に向かう。

一人、一人と、好きな場所で、降りる。

次第に、賑やかな、街中に入る。
どんどんと、人が降りる。

最後は、数名が、残った。
ところで、私の行き先は・・・
車の助手である、男の子が、声を掛けてくれた。

ホテルの名前が、出てこない。
だが、ホテルの近くに、大きなスーパーがあったので、ビッグスーパー、ニァと、言った。

えっ
他の客も、えっ、である。
ビッグスーパーと、皆が言う。

おばさんが、ロビンソンよと、言うように、聞こえた。
しかし、ロビンソンは、マニラである。
いや、アジアスーパーだろうと、男が言うように聞こえた。

皆が、議論した。
車は、走っている。
一度、一人降りるので、止まった時、私は、バッグを、男の子に下ろして、貰った。そして、バッグを開けて、ホテルの名前を探した。
Rホテルと、言うと、一人の男が、それを、運転手に伝えてくれた。

そのホテルは、街中にあり、丁度通り道だった。良かった。

50ペソ、100円を払い、無事に、ホテル前に到着である。

無謀と、言う無かれ、それなら、私の単独行動は、すべて、無謀である。

怖いものは、無い。
幽霊が、怖いのである。
ところが、そのホテル、幽霊ホテルだった。
私の部屋に、それが、いた。



posted by 天山 at 00:00| レイテ島慰霊 平成21年9月 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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