2009年09月11日

伝統について 41

おほろかの 行とは思はじ わがゆえに 人に言痛く 言はれしものを

おほろかの わざとはおもはじ わがゆえに ひとにこちたく いはれしものを

通り一片のことは、思わない。私のために、人から、あれこれと、噂されたことを。

恋人が、自分のことで、色々と、うわさされている。辛い。だから、思わない。
当時の、噂は、もっぱら、人の恋のことである。
それは、皆が、とても、興味のある話なのだ。

勿論、今も、人の恋愛に関しては、人が、色々と、噂をする。
今も、昔も、変わらない。


息の緒に 妹をし思へば 年月の 行くらむ別も 思ほえぬかも

いきのをに いもをしおもへば としつきの ゆくらむわきも おもほえぬかも


妻は、わが命。年月が、どのように経とうが、それは、変わらず、考えられないこと。

年月が、どのように、経てゆくのか、解らない。しかし、私は、妻を、愛し続ける。それは、変わらない。
結婚の、誓いのようである。

息の緒、とは、命のことである。
息の緒が、切れることは、死を意味する。

人を、命と、思う程に、恋い慕う。
まさに、生きるということは、恋すること。

人を思うことが、生きることと、いう、生きる基本である。
それは、恋人だけではない。
親の子を思う心。子の親を思う心。皆、同じである。


たらちねの 母に知らえず わが持てる 心はよしえ 君がまにまに

たらちねの ははにしらえず わがもてる こころはよしえ きみがまにまに

たらちねの母にも、知られないで、私が、抱いている、心は・・・
あなたの思い通りに。

心はよしえ、とは、捨て鉢な気持ちである。
どうでもいいの、あなたの思いのままになれば、である。

恋する者の、強さは、いつの世も、恋人に、任せる心。
あなたに、私を任せるという、諦観。

何故、万葉集には、恋歌が、多いのか。
お分かりの通り、人間は、恋に生きて、恋に死ぬ存在なのである。
古代であれば、それは、実に、純粋だった。

同じような、歌が多い。
私は、それが、救いである。

日本人の、心象風景は、恋心である。
その、喜怒哀楽から、生まれた、風景がある。
もののあはれ、である。

人の命が、限られているように、人の思いも、限られる。
永遠不滅なものは、無い。

だからこそ、人が、最も、大切にしたのは、人との、出会いと、つながりである。

人は、人によって、人になる。

親の愛情を、存分に受けて育つ子は、絶望からも、立ち上がる。
それは、自分を信じられるからだ。

自分を信じられるのは、愛されたからである。
愛とは、思われることである。実に、簡単なことだ。



posted by 天山 at 00:00| 伝統について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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