2009年09月05日

伝統について 35

問答
複数の歌が、一組になった組歌。

皇祖の 神の御門を かしこみと 侍従ふ時に 逢へる君かも

すめらぎの かみのみかどを かしこみと さもらふときに あへるきみかも


真澄鏡 見とも言はめ や玉かぎる 石垣淵の 隠りたる妻

まそかがみ みるともいはめ やたまかぎる いはかきふちの こもりたるつま


大君の、神の御殿を、恐れ多いと、お仕えしていた時に、出会った、あなたである。

真澄鏡のように、見たといえるだろうか。玉の輝く、石垣淵のように、籠もって、逢わない妻は。

見るとも言はめ
強い否定を伴う、疑問であるから、見たと言っても、言わないだろう。
 
真澄鏡のように、曇らずに、はっきりと、見た。つまり、逢った。
それなのに、隠れている。
それは、人に知られることを、恐れるからか。

万葉の恋歌は、人に知られることを、恐れる場面が多い。
何故か。

とても、初心で、純粋な心持。

密やかに、隠しているから、恋が成就するという、感覚を感じる。
人の知るところとなると、恋が破れるという、意識があったのか。


赤駒の 足掻速けば 雲居にも 隠り行かむぞ 袖枕け吾妹

あかこまの あがきはやけば くもいにも かくりゆかむぞ そでまけわぎも


隠口の 豊白瀬道は 常滑の 恐き道そ 恋心ゆめ

こもりくの とよはつせぢは とこなめの かしこきみちそ こいごころゆめ


味酒の 三諸の山に 立つ月の 見が欲し君が 馬の音そ為る

うまさけの みもろのやまに たつつきの みがほしきみが うまのおとそする


赤馬の足が、速いので、ただちに、雲居に隠れるように帰ってしまう。さあ、早く、袖を枕としょう、吾が妹よ。

隠国のとよはつせぢは、いつも、足が滑る、恐ろしい道。恋心に、はやるな、決して。

味酒の、三諸の山に立つ、月のように見たいと思う、あなたの、馬の足音がする。

三諸とは、三輪山である。
神のいらっしゃる山という意識である。

逢引の、様子であり、その心である。
女が男を待つのである。

そして、男が、女を求めて、訪ねる。

互いの心が、向き合うのである。
恋、つまり、魂乞いである。

さらにあり
大和心と
人問わば
恋の心と
魂乞いの それ     天山



posted by 天山 at 00:00| 伝統について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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