2009年08月12日

伝統について 12

吾妹子に 恋ひてすべなみ 夢見むと われは思へど 寝ねらえなくに

わぎもこに こひてすべなみ いめみむと われはおもへど いねらえなくに

私の、妹子に恋して、何の術もなく、せめて夢で会おうと思うのだが、中々、眠られないことだ。

恋したのに、何の術もない。つまり、方法が無い。共寝をする術である。
切ない男の、欲望の、様。
せめて、夢で逢いたいと願うが、悶々として、眠られないのである。

当時の恋は、即、セックスを意味する。
セックスが、出来ない。その方法が無いと、嘆く。


ゆえも無く わが下紐を 解けしめて 人にな知らせ 直に逢ふまでに

ゆえもなく わがしたひもを とけしめて ひとになしらせ ただにあふまでに

エロスである。
気持ちのままに、私の下紐を解かせて、人には、気づかれないように。
直接、会うまでは。

これは、想像力である。
相手が、自分を好きならば、その気持ちのままに、下紐を解くと想像する。
下紐を解くとは、すなわち、セックスをするということである。
男の妄想である。

でも、人に知られないで、ください。直接会うまでは。

それは、また、自分の願いなのである。
好きな女に、下紐を解かれるという。

万葉の、素晴らしさは、この欲望に対する、直情である。
欲望を、全面肯定する様である。

わだつみ、というならば、性の欲望は、いきつみ、生きる恵みである。
そこには、隠微さは、もうとうない。

あなたが好きだ。セックスがしたいと、歌うのである。

この歌は、自分の願望を、相手の行為に、託している。
男は、好きな相手が、自分から、積極的に、下紐を解いて、迫ってくると、想像するだけで、奮い立つのである。

昔、恋愛に悩む、青年の相談を受けた。
延々と、相手の女についての話を、聞かされた私は、ため息をついて、彼に、言った。
セックスしたいんでしょうと。
彼は、絶句した。
それを、認めなさいよ。
すると、彼は、悟った。
延々と話している、その心は、好きな相手と、交わりたいのだと。
そうでした。セックスしたいんです。
それで、よろしい。


恋ふること 慰めかねて 出で行けば 山をも川も 知らず来にけり

こふること なぐさめかねて いでゆけば やまをもかをも しらずきにけり

恋する心を、慰められず、つまり、抑えきれず、家を出て、歩く、歩く、歩く。
山を歩いているのか、川辺かも、分からぬほど、ただ、歩いているのだ。

慰めかねて、を、解釈では、心を晴らす、という。
そんなものではない。
欲望が、抑えられず、ただ、歩くしかない。
心など、晴れるものではない。

そして、歩いて疲れ果て、恋心を、何とか、静めるのである。
一時的に、である。
若さの、特権である。欲望が、恵みであるという、日本人の感性である。



posted by 天山 at 00:00| 伝統について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。