2009年08月06日

伝統について 6

巌すら 行き通るべき 健男も 恋とふ事に 後悔にけり

いはほすら ゆきとおるべき ますらをも こひとふことに のちくいにけり

巌ですら、通っていくという、たけきおとこでさえ、恋ということには、後で悔いたことである。

強気男も、恋には、弱い。
ますらをならば、ますらをらしく、とは、いかないのが、恋の道である。

男は、ますらをを、演じなければならない。
後に、悔いるというのは、失恋であろう。
失恋をして、その嘆きが、ますらをらしからぬ、心なのである。
それを、このように、歌にした、勇気である。


日並べば 人知りぬべし 今日の日は 千歳の如く ありこせぬかも

けならべば ひとしりぬべし きょうのひは ちとせのごとく ありこせぬかも

日々を重ねて会えば、人の知るところとなる。
ああ、今日の日が、千年もの、日の長さであったらなーあ。

恋人に会う、この時間が、千年もの、時間であれば、という、素直な思い。
つまり、君と、いつまでも、である。

恋は、秘密が、いい。
人知れぬ恋というもの、それ自体が、快楽である。


立ちて坐て たどきも知らに 思へども 妹に告げねば 間使も来ず

たちていて たどきもしらに おもへども いもにつげねば まつかひもこず

立っていても、座っていても、伝える術なく、妻を慕う。
この気持ちを、伝えてくれる、使いも来ないのだ。

妻にした、女に、気持ちを伝えたくて、両者の、間に入る使いを待っている。

通信手段のない時代は、その間に、人が、介入する。

何と、時間のかかる手間暇がかかる、ことだろうか。
だが、それが、心を深くした。
それにより、恋心が、熟してゆく。


ぬばたまの この夜な明けそ 赤らひく 朝行く君を 待たば苦しも

闇の、この夜は、明けないでおくれ。
赤々と明けてゆく、朝に、帰る君を、また、夜まで待つのは、苦しいものだ。

朝の別れを、衣々の別れ、きぬぎぬのわかれ、という、互いの、衣服を、分けるからである。
一緒に重ねた、衣を、朝になると、それぞれに、着なければならない。
それが、切ない。

恋をする者は、飽きない。
いつまでも、一緒にいたい。

朝の別れが、永遠の別れのように、思える。
次に会うまでの、時間の長いこと。

別れた瞬間から、次の会うまでの時間が、永遠に思えるのである。
それが、恋である。

全く、素直に、恋に没頭する、万葉時代の人々は、まさに、日本人の心の、原型である。
これが、伝統になり、文化を創る。

日本の文化が、恋心により、成り立つのである。

恋とは、魂を乞う、たまこい、であった。
相手の、魂を、乞うのである。



posted by 天山 at 00:00| 伝統について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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