2009年08月05日

伝統について 3

君が目を 見まく欲りして この二夜 千歳の如く 吾は恋ふるかも

きみがめを みまくほりして このふたよ ちとせのごとく われはこふるかも

君に会いたくて、昨夜も、今夜も、千年ものように、私は、恋する。

あなたの、目をみたい、つまり、あなたに会いたいと、思い続けて、昨夜も、そして、今夜も、千年も恋する如く、私は、恋する。

好きで、好きで、たまらないという、純真一途な思いに、溢れている。

千歳の如くに、という、深みに、陥る恋というもの。


うち日さす 宮道を人は 満ち行けど わが思ふ君は ただ一人のみ

うちひさす みやじをひとは みちゆけど わがおもふきみは ただひとりのみ

日が照り輝く、宮への道を、多くの人が行くが、私の思うあなたは、ただ、ひとりだけである。

ただ一人のみ、と、強く強く、意識する、恋する相手。
あなただけしか、目に入らないのだ。

どんなに人が多くても、好きな相手は、ただ一人なのである。

かけがえのない、あなた、である。


世の中は 常かくのみと 思へども はた忘れえず なほ恋ひにけり

よのなかは つねかくのみと おもへども はたわすれえず なほこひにけり

世の中は、いつも、こうであると、思っているが、やはり、また、忘れられず、恋に身を置くのである。

恋に破れて、苦しむことが、世の中の常であるが、それでも、また、忘れられず、恋に身を任せるのである。

恋に生きるしかない、という、切々たる思いである。


わが背子は 幸く坐すと 遍く来て われに告げ来む 人も来ぬかも

わがせこは さきくいますと まねくきて われにつげこむ ひともこぬかも

わが背子が、無事でいますと、何度も来て、告げる人も来ないのである。

情報は、人の口からの時代である。

人の口から、背子が無事でいるという、伝えを聞きたいのである。
せめて、誰かが、伝えてくれ、という。

まねくきて、何度も、何度も、好きな相手のことならば、聞きたいのである。


あらたまの 五年経れど わが恋の 跡無き恋の 止まなくも怪し

あらたまの いつとせふれど わがこひの あとなきこひの やまなくもあやし

あらたま、新玉の年を、五年経ても、私の恋の、この何も起こらない恋も、恋心は、止むこともないのである。

何も起こらない、つまり、成就しない恋である。
五年を待っても、何も起こらない。のだが、それでも、恋心は、収まることはないのである。

これを、片恋、かたこひ、という。
片思いである。

それが、怪しいのである。あやしい、不思議だ。恋は、不思議なものである。
何故、人は恋をするのか・・・生きるため。



posted by 天山 at 00:00| 伝統について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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