2009年07月23日

悲しみを飲み込んだハノイへ 8

ハノイ最後の夜、私たちは、食事をする前に、ホテル近くの、英霊を奉る、廟に詣でた。

早速、そこのおじさんが出て来た。
約9000名の死者の名前が、刻まれた壁の前に、焼香台が置かれてある。

線香代金として、5000ドンを箱に入れた。

おじさんが、火をくれるので、線香に火をつける。
そして、線香を両手で、はさみ、黙祷を捧げた。

この近所だけで、9千人の戦争犠牲者が出たということは、驚きである。
どんなに、凄まじい戦争だったのか。

アメリカとのベトナム戦争の後も、インドシナ戦争は、続いた。


しかし、あの戦争は、米国への抵抗戦争だったとはいえ、一面ではヴェトナム人同士の戦争、同胞相撃つ戦争だった。人民軍は勝った。その兵士たちは勇者の中の勇者だった。勇者はつねに心優しい。また勇者は怨まない。彼らは、敗れた側の人々を憎まず、むしろ憐れんでいた。そういう人民軍兵士たちにとっては、心ならずもサイゴン政権のもとに生きていた人々との和解に水をさすような拡声器の文句は、いささか耳ざわりなものだったようだ。彼らはそれらをブラック・ジョークに仕立てて、長旅の憂さ晴らしに役立てていた。
戦争の悲しみ バオ・ニン

懐かしいハノイの旧市街が近づくと、キエンの心も沸き立ってきた。香りのいい雲のてっぺんを駆けているような気分になった。涙が出て、両目がぼやけた。生きて家に帰れる!叶えられそうになかった帰郷の夢が叶えられる!
戦争の悲しみ 


だが、この七九年初頭、ハノイの町々は、攻仏独立戦争や抗米戦争の時期ほどでないにしても、ごく自然な市民多数の愛国心と英雄主義によって、かなり高揚した空気に包まれていた。新たな戦争が始まろうとしていた。ヴェトナム人民軍がカンボジアのポル・ポト政権を倒した結果、ポル・ポト政権の同盟者だった中国がヴェトナム北部国境を破ろうとしていたのである。
戦争の悲しみ

北部国境の状況について、熱のこもった議論が絶えなかった。誰もが中国の脅威を感じていた。カンボジアの代理政権をわが国につぶされた中国が黙っているはずがない、中国軍の侵攻は時間の問題だ、彼らは必ず来る・・・・。それはドンダーの決戦から二世紀にわたって薄れていた悪夢の再現だった。
戦争の悲しみ

ヴェトナム人の「好戦性」とやらを口にする一部の外国知識人は根本的に誤解している。戦争を強いられれば、この民族は仕方なく戦う。敵が手を引くまで戦う。だが、それは戦争を好んでいることをけっして意味しない。俺がその証拠だ、とキエンは思った。俺は勇敢だった。しかし、その俺が、戦争を好んだなんてことがあるだろうか。そんなことは一度だってなかった。あの戦争、俺の戦った戦争は、この国の庶民に千年も続くほどの苦痛をもたらしたのだった。もういい、戦争はもういい・・・・
戦争の悲しみ

日本人の感性として、あはれ、というしかない、ベトナム兵士の思いである。

誰も好きで、戦争をするのではない。
病むに病まれず、愛国心、祖国愛、戦わなければ、済まない状況に追い込まれての、兵士である。

私が、中学の頃、マスコミでは、ベトナム戦争反対の、反戦デモの様子を、報道していた。
その時に、小田実という人の、名を知った。

今、その反戦デモの時代の人は、六十を過ぎているはず。
学生運動も、盛んだった。

そして、ベトナム戦争終結に、彼らは、涙を流したはずである。
しかし、ベトナム戦争を終結させたのは、他ならぬ、ベトナム人であり、デモは、単なるデモンストレーションだった。

その彼らが、ベトナム戦争後に、何をしたのか、である。
戦争の遠くから、戦争反対を、叫ぶことも、大切だが、戦争後に、それほど声を大にしたならば、その後の、ベトナムの人々に、何をしたのか。

彼らは、結果、内輪での、戦いに走り、内ゲバなどに、明け暮れた。
ベトナム戦争を山車にして、自己解放と、自己満足を、行為しただけである。

戦争後に、どれだけの人が、ベトナム戦争犠牲者のために、慰霊に出掛けたか。

ベトナム戦争は、この国の庶民に、千年も続くほどの苦痛をもたらしたのだと、バオ・ニンは、書く。

戦争を、自分の問題として、取り上げた時、はじめて、平和というものを、考える素地が出来る。

私が、太平洋戦争の犠牲者の、追悼慰霊を、始めるきっかけは、幽霊が出るというものだった。
それでは、せめて、幽霊にならないために、追悼慰霊をしたいと思ったのである。
ところが、戦争というものを、勉強してみると、凄まじいばかりの、人間の生き様である。

もはや、太平洋戦争のみではない。
様々な、戦争に関して、私は、注意して、調べるようになった。

そして、更に、このままでは、いけない。
霊位に対しての、所作が、必要だと、考えたのは、日本人だからである。

日本人は、霊位に対して、見事な、所作を、作り上げた。
言霊、音霊の所作である。

次元を移動させるべくの、所作である。

日本には、宗教は無いが、霊位に対する、所作がある。
よって、宗教が必要無い民族となった。

それが、伝統行為である、カム送り、カム上がりという、所作である。

人は、人として、霊位に戻る。
それを、命、みこと、と呼ぶ。
命、という文字を、みこと、と、呼ばせている配慮は、素晴らしい感性である。
亡き人に、命、あり、なのである。
世界に類を見ない、死者への、所作である。



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