2009年06月08日

何故バリ島か 8

ホテル並びに、いつも、行っていた、美容院と、マッサージの店がある。
ママさんと、従業員が数名いた。

今回も、三人一緒に出かけた。
ママさんは、覚えていた。
二度目の、辻友子のことも、そして、その娘のことも、覚えていた。

さずが、この地で、13年の、キャリアである。
クタで、商売を続けることは、至難の業である。

今回は、そこで、実に有意義な話を聞いた。

辻友子は、ママさんに、ネールなんとかを、して貰い、私と、コータは、フットマッサージである。

コータには、娘が、私には、年配のおばさんが、ついた。

三人並んで、ママさんと、話をしながら、である。

何と、ママさんは、ティモール出身だった。
30年以上も前に、バリ島に来ていた。

コータの足を揉む、娘は、姪であり、その母親が、私の足を揉んでいた。
親子で、妹さん、つまり、ママの所で、世話になっていた。

それは、娘の看護学校費用を貯めるためだった。

そこで、なぜ、店に、前ローマ法王の、写真が掛けられてあるのか、理解した。
カトリックなのである。

少し説明すると、ティモールは、大変宗教対立の激しい土地である。
イスラムと、キリスト教である。
イスラムの村に入った、キリスト教徒が、簡単に殺されることも、多々ある。

インドネシアの、他の地域の紛争は、まず、宗教対立である。
更に、イスラム勢力が、圧倒的に強いのである。

更に、ティモールの場合は、まだある。
同じキリスト教でも、新興キリスト教と、カトリックの対立である。
例えば、エホバの証人が、乗り込んで、更に、複雑な対立を生むというようにことである。

こういうのは、手が付けられない。

東ティモールは、独立したが、経済混乱は、まだまだ拡大し、混乱している。
更に、公用語を、ポルトガル語にしたから、更に激しくなった。

そこに、学校を作ると、ある日本の女性歌手がいるが、彼女は、カンボジアにも、学校を作り、広く寄付を集めている。それはそれで、良しとして、建物を、作るということに、意欲を持つという、ボランティアの心には、なぜか、不審を感じる。

建物は、目に見えるものであるから、支援をしやすいということもある。
だが、学校とは、教育する現場であり、そのためには、先生が必要である。
それまで、維持するとなると、大変な事業である。

建物を、作ることは、簡単である。しかし、先生を雇い、維持することは、大変なことであるということ。
更に、あくどい者がいて、学校を建てて、日本から、寄付を募り、現地で、優雅に暮らすという者も、いる。

ベトナムでは、そういう、日本人の男が、現地の人の反感を買い、行方不明になった。
また、タイ、チェンマイでは、日本のNPO団体の代表の男が、世話をしていた、施設の女の子に性的行為を繰り返し、懲役刑である。

寄付をしても、それが、どんなことに、使われているのか、解らない。
もっと悪いのは、善意の寄付が、途中搾取されることである。
その団体も、気づかないのである。
ミャンマーに、その事務所を、作り、政治家を介して、活動を行う団体が、寄付金を、その政治家に、搾取されていたことを知り、撤退した。

私の衣服支援だって、丸投げしての、支援ならば、どうされるか、解らない。だから、手渡しするのである。

さて、ティモールには、日本人の血をひいた人々が多い。
それは、真珠取りに出た日本人たちが、ジャワから、美しい女を連れて、ティモールに来たからだと、ママさんは、言う。
そして、ママさんの、お母さんも、少しの日本語ができるという。

戦争前から、ティモールに渡った日本人たちが、いるのである。

ティモールは、とても、貧しい。
しかし、出稼ぎに出る人は、幸運である。
こうして、ママさんの、お姉さんと、その娘は、ママさんを、頼って、働きに来ているのである。

バリ島から、ティモールのクパンまで、国内線が出ている。
今度、私は、ティモールに行くと言うと、行く前に、寄ってくれと、ママさんが言う。
色々、情報を教えるというのである。

彼女たちは、カトリックかと、尋ねると、そうだと言ったのみで、後は、何も言わなかった。宗教の話は、一切したくないという雰囲気である。
それは、彼女たちの、環境を物語る。

宗教対立で、人を殺すことほど、哀れなことはない。

彼女たちの、母親は、フローレンス島にいて、今、その母親を、ティモールに転居させる準備をしていると、言った。高齢であり、暖かい、ティモールの方がいいと、言う。

同じ緯度にありながら、寒い土地もあるのだと、知った。
勿論、寒いといっても、日本の冬のようなものではない。

辻友子は、その娘に、後で、支援物資から、何枚か、衣服を抜き取り、渡していた。
日本円にすれば、大した額ではない、入学金や、授業料は、彼女には、大変な額なのである。
この場所で、働くことが出来なければ、体を売るしか方法がないのである。

バリ島には、擬似恋愛をして、外国の男に、貢がせるという、凄腕の、娘たちも、多い。
それで、大学を出て、資格を取り、一番給料の高い、公立学校の教師などになる者もいる。

ホント、頭と、体は、使いようである。

足を、よく揉まれると、随分と楽になる。
だが、タイと違い、単なるマッサージの店に入り、後悔することも多い。
技術の未熟な、若い女にやられて、何度も、具合が悪くなった。

しかし、タイと、違うのは、マッサージ店では、ノーセックスである。
決して、エロ行為に及ぶことはない。
それは、バリ島の文化ゆえである。

その手の、マッサージは、サヌールに多い。
その店は、ナンバーがつけられて、分るようになっているという。
ゲイ専用のマッサージ店もある。

さて、ママさんは、よくぞ、このクタの、競争激しい中で、生き残っていると思う。
それは、ママさんの、英語能力も、大きい。
自然に、覚えたものである。
必要に迫られると、人は、覚えるものである。



posted by 天山 at 00:00| 何故、バリ島か 平成21年5月 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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