2009年03月10日

もののあわれについて。500

しのびやかに、御前うときはまぜで、御心づかひして渡り給ひぬ。たそがれ時におはし著きたり。
狩りの御衣にやつれ給へりしだに世に知らぬここちせしを、ましてさる御心してひきつくろひ給へる御直衣姿、世になくなまめかしうまばゆきここちすれば、思ひむせべる心の闇も晴るるやうなり。




人目を忍んで、前駆も親しい者ばかりになさり、十分に気をつけて、お越しになった。夕暮れ時に、お着きになった。
粗末な、狩衣装だった、明石の姿さえ、世に、またとない、気がしたのである。まして、十分に、気を利かせての、直衣姿は、この上もなく、美しく、眩くて、拝することが出来ない気がする。嘆き悲しんでいた、御方の心も、晴れるようだった。




めづらしうあはれにて、若君を身給ふも、いかが浅く思されむ。今まで隔てける年月だに、あさましく、くやしきまで、思ほす。大殿ばらの君を「うつくしげなり」と世人もて騒ぐは、なほときよによれば人の見なすなりけり。「かくこそしすぐれたる人の山口はしるかりけれ」と、うち笑みたる顔の何心なきが愛敬づきにほひたるを、「いみじうらうたし」と思す。



久しぶりと、あはれにて、心打たれて、感激して・・・
姫君をご覧になる。どうして、浅い心で、あろうか。
今まで、離れて暮らしてきた、年月さえ、悔しい気持ちである。大臣家の若君を、可愛らしい方と、世間の人が、噂をするのは、時世によって、人が、そのように見るものである。このように、美人の生い立ちは、初めから、はっきりしていると、笑う無邪気な笑顔の、愛敬の、にほいたる、匂いたる・・・そのように、素晴らしい笑顔である。
とても、とても、可愛らしいと、思うのである。




めのとの下りし程はおとろへたりしかたち、ねびまさりて、月ごろの御物語など慣れ聞ゆるを、あはれに、さる塩屋のかたはらに過ぐしつらむ事を、思し宣ふ。
源氏「ここにも、いと里離れて、渡らむことも難きを、なほかのほいある所にうつろひ給へ」と宣へど、明石の上「いとうひうひしき程過ぐして」と夜一夜、よろづに契り語らひ明かし給ふ。




乳母の明石に、下った時は、痩せていて、衰えた器量が、立派になり、何ヶ月の間のことを、恐れずに、言上するのを、あのような漁村で、日々を送ったことを、憐れに思い、お言葉を、賜る。
源氏は、ここも、京から離れて、来ることも、難しい。やはり、いらして欲しいと、思う所へ、引き移られるように、と、仰るが、明石は、もう少し慣れましてからに、と、申し上げるのである。
夜一夜、一晩中、色々な事を語り、明かされる。

あはれに・・・過ぐしつらむ事を・・・思し
過ごしていたことを、あはれ、と思う、つまり、不憫である、申し訳なかった・・・などという意味になるのだろう。

契る、とは、肉体関係も、含まれる。




つくろふべき所、所の預り、いま加へたる家司などに仰せらる。「桂の院に渡り給ふべし」とありければ、近き御庄の人々集まりたりけるも、みなたづね参りたり。前栽どもの折れ伏したるなどつくろはせ給ふ。源氏「ここかしこの立て石どもも皆まろび失せたるを、なさけありてしなさば、をかしかりぬべき所かな。かかる所をわざとつくろふもあいなきわざなり。さても過ぐしはてねば、たつ時もの憂く、心とまる。苦しかりき」など、きし方の事も宣ひ出でて、泣きみ笑ひみうちとけ宣へる、いとめでたし。




手入れをする所を、番人や、新しい家司などに、命じる。
桂の院のお出ましになるご予定と、御触れがあり、付近の御料地の人々は、桂に集まった。皆、捜し求めて、やってきたのである。
あちこちの前栽の、草木の折れ伏したものなど、直させる。源氏は、あちこちの庭石も、転がったり、無くなったりとているが、風流に造れば、見栄えの良い所になるだろう。でも、こんなところを念入りに、手入れするのも、つまらないこと。ここで、一生を終わるわけではないから、出る時に、出る気にならず、心が残り辛かったこと、などと、以前のことなども、お話しになり、泣いたり、笑ったりと、気を許した、お話し振りである。まことに、美しい。





尼君、のぞきて見奉るに、老いも忘れ物思ひも晴るる心地してうちえみぬ。
東の渡殿の下より出づる水の心ばへ、つくろはせ給ふとて、いとなまめかしきうちぎ姿うちとけ給へるを、「いとめでたううれし」と見奉るに、あかの具などのあるを見給ふに思し出でて、源氏「尼君はこなたにか。いとしどけなき姿なりけりや」とて、御直衣召し出でて奉る。





尼君が、覗いて、拝すると、年も忘れ、物思いも、晴れる気がして、微笑んだ。
東の、渡殿の下から流れ出る、遣水の具合を手入れさせようと、やさしいうちぎ姿に、打ち解けた様子である。その姿に、素晴らしい、美しいと、拝するのである。
源氏は、仏の道具などがあるのをご覧になり、思い出して、尼君は、こちらにおいでか。まことに、だしない格好だった、と、直衣を取り寄せて、お召しになる。




凡帳のもとに寄り給ひて、源氏「罪かろくおほし立て給へる人ゆえは、御おこなひの程あはれにこそ思ひなし聞ゆれ。いといたく思ひすまし給へりし御住みかを捨てて、憂き世に帰り給へる心ざし浅からず。またかしこには、いかに止まりて思ひおこせ給ふらむと、さまざまになむ」と、いとなつかしう宣ふ。




凡帳のもとに寄りかかり、源氏は、姫を落ち度なく、養育されたのは、あなたの勤行のおかげと、ありがたく思います。すっかりと、悟り、住んでいらした、明石を捨てて、嫌な所に、お帰りになられた、お心、深く感謝します。入道には、どのように、お一人で、こちらを思っているかと、お二人の心を思います、と、大変優しく仰る。

あはれにこそ思ひなし
この場合の、あはれ、とは、尼君の、行為に対する、思いである。
ありがたい、と、思う心も、あはれ、となる。

いとなつかしう
大変、なつかしく・・・
この、なつかしう、とは、やさしい言葉を言う。
懐かしいと、いう言葉が、懐古の思いとしてではなく、今、現在の心境として、表現された時代もあるということ。

なつかしうあはれに
となれば、とても、やさしく、深く思う心、なのである。



posted by 天山 at 00:00| もののあわれについて第11弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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