2009年03月09日

もののあわれについて。496

思ふかたの風にて、限りける日たがへず入り給ひぬ。人に見とがめられじの心もあれば、道の程もかろらかにしなしたり。




思うように、風が吹く。予定通りに、都に着いた。人に気づかれないようにとの気持ちがあり、陸路も、質素にしたのである。




家のさまもおもしろうて、年ごろ経つる海づらにおぼえたれば、所変へたる心地もせず。昔のこと思ひ出でられて、あはれなること多かり。つくり添へたる廊など、ゆえあるさまに、水の流れもをかしうなしたり。まだ細やかなるにはあらねども、住みつかば、さてもありぬべし。




邸の造りも、趣深くして、長年住んだ、明石の海岸に似ているようで、転居したという、感じではない。
尼君は、昔のことを、思い出して、あはれなること多かり。感慨深く思うこと多いのである。
新たに建て増した渡殿など、ゆえあるさま、深い意味がある如く、造ってあり、遣水も、面白く造ってある。まだ、十分とは、いえないが、住み慣れることで、さてもありぬべし、と、ある。
住んでみれば、慣れてくるのである。





親しき家司に仰せ給ひて、御まうけの事、せさせ給ひけり。渡り給はむことは、とかうおぼしたばかる程に、日ごろへぬ。なかなか物思ひ続けられて、捨てし家居も恋しうつれづれなれば、かの御かたみの琴を掻き鳴らす。折のいみじうしのびがたければ、人離れたる方にうちとけて少し弾くに、松風、はしたなく響き合ひたり。





殿、源氏は、親しい家司に命じて、到着を祝う、用意をさせる。
ご自分が出る事は、あれこれと、口実を考えているうちに、何日も経てしまった。
御方は、物思いが絶えず、捨てた明石の家も、恋しく思われる。する事もないままに、殿の、残された琴を、弾いてみる。
その時は、耐え難い気持ちのときであり、人の来ないところで、気を許して弾いてみると、松風が、実に妙に、音を合わせるのである。





尼君、もの悲しげにて寄り伏し給へるに起きあがりて、

身をかへて ひとりかへれる 山里に 聞きしに似たる 松風ぞ吹く

御方
ふる里に 見し世の友を 恋ひわびて さへづることを たれかわくらむ

かやうにものはかなくて明かし暮らす。





尼君は、もの悲しげに、寄りかかり横になっていたが、起き上がり、

以前とは、別の姿になって、一人帰ってきた、この山里に、明石の浦で聞いた、松風が吹くことです。

御方
古里で、親しんだ人々を慕い、調子のはずれたように響く琴の音を、誰が聞き分けてくれましょう。

このように、頼りない気持ちで、日々を過ごしていた。




大臣、なかなかしづ心なく思さるれば、人目をもえはばかりあへ給はで渡り給ふを、女君には「かくなむ」とたしかに知らせ奉り給はざりけるを、例の聞きもや合わせ給ふとて、消息聞え給ふ。源氏「桂に見るべき事侍るを、いさや、心にもあらでほど経にけり。とぶらはむと言ひし人さへかのわたり近く来居て待つなれば、心苦しくてなむ。嵯峨野の御堂にも飾りなき仏の御とぶらひすべければ、ニ三日は侍りなむ」と聞え給ふ。




大臣、源氏は、今更になって、落ち着かない気持ちである。人の見る目も、我慢できずに、出掛けるのだが、女君には、はっきりと、知らせていないのである。いつものように、よそから、耳にされるだろうと、言葉を掛ける。
桂に用事があって、なにやら、心ならずも、日が過ぎてしまったこと。訪ねると約束した人まで、あの近くで、待っているとのこと。気にかかっている。嵯峨野の御堂にも、飾りつけていない仏像のことなど、色々とあります。ニ、三日は、いることでしょう。と、おっしゃる。




「桂の院といふ所俄かにつくろはせ給ふと聞くは、そこにすえ給へるにや」と思すに、心づきなければ、紫の上「斧の柄さへ改め給はむ程や。待ち遠に」と心ゆかぬ御気色なり。「例のくらべ苦しき御心、いにしへの有様なごりなし、と世人もいふなるものを」
何やかやと御心とり給ふ程に日たけぬ。



桂の院というところを、急に、修繕させるということを耳にするのは、そこに、明石の人を置くのであろうと、思うと、不快な気分になるゆえ、紫の上は、斧の柄を付け替えることになるのでしょうか。待ち遠しいこと、と、不満な様子。
例により、調子を合わせにくい御心である。昔の、浮気心は、なくなったと、世間も、言っているようなのに。
あれこれと、ご機嫌を取るうちに、日が高くなってきた。

斧の柄さへ改め給はむ
嫌味を、言うのである。
述異記に、出ている話しである。

紫の上は、おおよそ、事情が分かっている。




posted by 天山 at 00:00| もののあわれについて第11弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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