2009年03月08日

もののあわれについて。498

入道「世の中を捨てはじめしに、かかる人の国に思ひ下り侍りしことも、ただ君の御ためと、思ふやうに明け暮れの御かしづきも心にかなふやうもや、と、思ひ給へ立ちしかど、身のつたなかりける際の、思ひ知らるること多かりしかば、さらに、都に帰りて古受領の沈めるたぐひにて、まづしき家の、よもぎむぐらどもの有様あらたむる事もなきものから、おほやけわたくしにをこがましき名を広めて、親の御なき影を恥づかしめむことのいみじさになむ、やがて世を捨てつるかどでなりけりと、人にも知られにしを、その方につけては、よう思ひ放ちてけりと思ひ侍るに、君のやうやうおとなび給ひ、物思ほし知るべきに添へては、などかう口惜しき世界にて錦を隠し聞ゆらむと、心のやみ晴れまなく嘆きわたり侍りしままに、神仏を頼み聞えて、さりとも、かうつたなき身に引かれて山がつのいほりには交り給はじと思ふ心一つを頼み侍りしに、思ひ寄り難くて、うれしき事どもを見奉りそめても、なかなか身の程をとざまかうざまに悲しう嘆き侍りつれど、若君のかう出でおはしましたる御宿世の頼もしさに、かかるなぎさに月日を過ぐし給はむもいとかたじけなう契り異におぼえ給へば、見奉らざむ心まどひは静め難けれど、この身は長く世を捨てし心侍り、君たちは世を照らし給ふべき光しるければ、しばしかかる山かづの心を乱り給ふばかりの御契りこそはありけめ、天に生まるる人のあやしき三つの途に帰るらむ一時に思ひなずらへて、けふ長く別れ奉りぬ。命つきぬと聞し召すとも、のちの事おぼし営むな。さらぬ別れに御心うごかし給ふな」と言ひ放つものから、入道「けぶりともならむ夕べまで、若君の御事をなむ、六時のつとめにも、なほ、心ぎたなくうちまぜ侍りぬべき」とて、これにぞうちひそみぬる。






入道は、出世を諦めた際に、このような田舎に下る気になったのも、ただ、あなたのため。思うように、朝晩のお世話も満足にできるのだろうかと思いつつ、決心したのです。自分の運に、恵まれない生まれが悪いのかと、思い知らされることも、多かった。絶対に、都に帰り、昔の国守の、落ちぶれた一人として、雑草の生い茂った家を、修繕することも、出来ぬまま、政界でも、私生活でも、馬鹿だという、評判を得て、今は亡き親の名前を、辱めることになっては、堪らないと、都を出て、出家したということで、誰もが、思ったことです。出世を諦めたことでは、よくぞと、思ったと、思いますが、あなたが、だんだんと、大人になり、物事が分かるようになって、どうして、こんなと、話しにもならない、田舎で錦を隠しているのかと、親の心は、晴れ間もなく、嘆いていました。神仏に、御願いして、いくらなんでも、自分のような、つまらない親のせいで、田舎で、一生過ごしてはなるまいと、信じる心を頼りにしていたところ、思いもよらず、嬉しいことを、見て以来、かえって、我が生まれの、賎しさを嘆いていましたけれど、姫君が、生まれたという、運の頼もしさ。このような、浜辺で、月日を送るのは、勿体無いと、この運は、格別のことと思われる姫君です。その、お顔を、拝することができないとなると、抑え切れない思いがします。でも、私は、この世を、永遠に捨ててしまった覚悟です。あなた方は、この世を照らされる光となることは、確かなこと。ほんの暫くの間、このような田舎者の心を騒がせる、宿縁があったのでしょう。
天上界に生まれる人が、三悪道に、帰するという、あの瞬間のつもりになって、今日、永久にお別れします。私が、死んだとしても、後世の冥福など、考えることなく、必ず来るべき、死別にも、心を動かしてはなりません。
と、言うが、
灰となる、その夕方まで、若君のことを、六時の勤めのときにも、未練がましく、お祈りの中に、込めましょうと、言い、この言葉で、涙を流すのである。

むすめを、あなたと、敬語で呼び掛けて、話しをする、父親、入道である。

六時の勤めとは、一日、六回、勤行をするという意味である。





御車はあまた続けむも所せく、かたへづつ分けむもわづらはしとて、御供の人々も、あながちに隠ろへ忍ぶれば、「船にて忍びやかに」と定めたり。
辰の時に船出し給ふ。



お車を、連ねて行列を作るのは、仰々しい。また、一部分を、分けるのも、面倒だと、御供の人々と、目立たぬようにと、船で、ひそかに行くことにした。
朝の、七時頃に、船出する。



昔の人も、あはれといひける浦の朝霧へだたり行くままに、いともの悲しくて、入道は、心すみはつまじく、あながれながめいたり。
ここら年を経て今さら帰るも、なほ思ひつきせず、尼君は泣き給ふ。
尼君
かの岸に 心よりにし あま船の そむきしかたに 漕ぎかへるかな

御方
いくかへり 行きかふ秋を 過ぐしつつ 浮き木にのりて われかへるらむ




昔の人も、あはれ、と言った、明石の裏の、朝霧の中に、遠ざかる、船に、何とも、悲しくて、入道は、思いを断ち切れそうにない。茫然と船を見送る。
長年住み慣れて、新しく、都に帰るにつけて、尼君は、泣くのである。

尼君
彼岸の浄土を願い、尼になったが、いったん、捨てた都に、船で、帰ることよ。

御方
幾年も、幾年も、この裏で過ごしてきた。今さら、心細い船で、都に帰るとは。

いくかへり 行きかふ秋を 過ぐしつつ
幾度も、この浦の秋を過ごしてきた。

昔のひとも、あはれといひける
古今集
ほのぼのと 明石の浦の あさぎりに 島がくれゆく 舟をとぞ思ふ

心すみはつまじく
澄む、住むと、掛け言葉。

あくがれながめいたり
魂が、体から、抜けるような、気持ちである。

別れのシーンが、また、あはれ、である。

また、物語は、複雑に推移するのである。




posted by 天山 at 00:00| もののあわれについて第11弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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