2009年03月04日

もののあわれについて。494

帥の宮「何の才も、心より放ちて習ふべきわざならねど、道々に物の師あり、まねび所あらむは、事の深さ浅さは知らねど、おのづから移さむにあとありぬべし。筆とる道と碁打つこととぞ、あやしう魂のほど見ゆるを、深きらうなく見ゆるおれ者も、さるべきにて書き打つたぐひも出でくれど、家の子のなかには、なほ人に抜けぬる人の、何事をも好み得けるとぞ見えたる。院の御前にて、親王たち、内親王、いづれかはさまざまとりどりの才ならはさせ給はざりけむ。その中にも、とり立てたる御心に入れて、伝へうけとらせ給へるかひありて、「文才をばさるものにて言はず。さらぬ事の中には、琴ひかせ給ふことなむ一の才にて、つぎには、横笛、琵琶、筝の琴をなむつぎつぎに習ひ給へる」と、上も思し宣はせき。世の人しか思ひ聞えさせたるを、絵はなほ筆のついでにすさびさせ給ふあだごととこそ思ひ給へしか。いとかうまさなきまで、いにしへの墨書の上手どもあとをくらうなしつべかめるは、かへりてけしからぬわざなり」と、うちみだれて聞え給ひて、えひ泣きにや、院の御事聞え出でて、みなうちしほたれ給ひぬ。




帥の宮は、どの、芸道でも、心がこもっていなくては、習えるものでは、ありません。諸道それぞれに、師匠があり、学ぶだけの価値のあるものは、深さや、浅さは、別にして、学ぶだけの事は、あるに違いありません。筆を用いることと、碁を打つことだけは、不思議に、天分が現れるようで、深く稽古を積んでいない凡人でも、その人の天分により、書いたり、打ったりする人も、出ます。良い家の、子弟の中には、やはり抜群の人がいて、何事にも、上達しますね。故院の元で、多くの親王たち、皇女たち、皆それぞれに、色々と、学ばせになりましたが、その中でも、あなたは、特別ご熱心に、教育があり、それをお受けになったかいがあり、「詩文の才能は、もとより、そのほかの中では、琴が第一で、次には、横笛、琵琶、筝の琴を、第二、第三と、習得された」と、故院も、仰っていました。世間の人も、そのように、存じ上げていました。
絵は、ただ、筆のついでに、慰めの余技と思っていましたが、実に、これほど、並外れて、昔の、墨書きの名人たちも、逃げ出すほどの、上手とは、かえって、けしからぬことです。と、申し上げる、言葉も、乱れて、酔い泣きされる。故院のことを、申し上げるので、皆、涙を流したのである。





廿日あまりの月さし出でて、こなたはまださやかにならねど、おほかたの空をかしき程なるに、ふんのつかさの御琴召し出でて、和琴、権中納言賜はり給ふ。さは言へど、人にまさりてかきたて給へり。親王、筝の御琴、大臣、琴、琵琶は少将の命婦仕うまつる。上人のなかにすぐれたるを召して、拍子賜はす。いみじう面白し。明けはつるままに、花の色も人の容貌どももほのかに見えて、鳥のさへづる程、心地ゆきめでたき朝ぼらけなり。禄ども、中宮の御かたより賜はす。親王は御衣、また重ねて賜はり給ふ。




二十日過ぎの、月が出た。こちらには、まだ光は、差してこないが、空が美しくなった頃、書司、ふんのつかさの、お琴を取り寄せて、和琴は、権中納言が頂戴する。源氏を名手というが、権中納言も、なかなか人より、巧みに弾く。帥の宮は、筝の琴を、源氏は、琴を、琵琶は、少将の命婦が勤める。殿上人の、すぐれた者を召して、拍子を命じる。たいそう、趣が深い。夜が明けてくるにつれて、花の色も、人の顔も、ほのかに見える。鳥のさえずる声も、心地よい、晴れ晴れとした、朝ぼらけである。
禄の品々は、中宮から、賜る。帥の宮は、御衣を、別に重ねて賜るのである。




その頃の事には、この絵の定めをし給ふ。源氏「かの浦々の巻は中宮にさぶらはせ給へ」と、聞えさせ給ひければ、これが初め、また残りのまき巻々ゆかしがらせ給へど、「今つぎつぎに」と、聞えさせ給ふ。上にも御心ゆかせ給ひて思し召したるを、うれしく見奉り給ふ。はかなき事につけても、かうもてなし聞え給へば、権中納言は「なほ覚えおさるべきにや」と、心やましう思さるべかめり。上の御心ざしは、もとより思ししみにければ、なほこまやかに思し召したるさまを、人知れず、見奉り知り給ひてぞ、頼もしく、「さりとも」と思されける。




その頃は、この絵の判定で、持ちきりである。
源氏は、あの、浦々の一巻は、中宮に、納めくださいと、いったので、中宮は、その初めの方や、残りの巻なども、御覧になりたいようであが、源氏が、いずれ、追々と御覧いたしましょうと、言われる。
主上も、満足に思し召したのを、嬉しく思っている。
はかなき事、少しのことでも、殿様が、このように、梅壺女御をひいきにされるので、権中納言は、結局、梅壺に、圧倒されるのではないかと、面白くないようである。しかし、主上の愛情は、元から、弘微殿に、深くしてあり、矢張りこまやかに、ご寵愛くださる様子を、人知れず、存じ上げており、心強く感じ、いくらなんでも、まさかと、思われるのである。

権中納言は、皇后には、藤原氏である、我が娘が、立つだろうと、思うのである。





さるべき節会どもにも、この御時より、と、末の人の言ひ伝ふべき例を添へむと思し、わたくしざまのかかるはかなき御遊びもめづらしき筋にせさせ給ひて、いみじき盛りの御世なり。大臣ぞ、なほ常なきものに世を思して、「今すこしおとなびおはしますと見奉りて、なほ世をそむきなむ」と、深く思ほすべかめる。「昔のためしを見聞くにも、よはひ足らでつかさくらい高くのぼり、世に抜けぬる人の、長くえ保たぬわざなりけり。この御世には、身の程おぼえ過ぎにたり。中頃なきになりて沈みたりし憂へにかはりて、今までもながらふるなり。今より後の栄えはなほ命うしろめたし。しつかにこもりいて、後の世の事をつとめ、かつよはひをものべむ」と、思して、山里ののどかなるを占めて、御堂を作らせ給ひ、仏、経の営み添へてせさせ給ふめるに、「末の君達、思ふさまにかしづき出して見む」と、思し召すにいかに思しおきつるにかと、いと知りがたし。





さるべき、節会などにつけても、この御代にはじまった、と、後の人が言い伝えるような、新しい例を、加えようと思い、私的な、こういうはかなき遊びにも、珍しい、趣向を凝らす。なんとも、盛んな時代である。
だが、大臣、源氏は、人生を、無常と、思い、今少し、主上が、大人になってから、出家しようと、深く思い込むようである。
昔の例を見聞きするにも、年若くして、高位高官に上り、世に抜け出るような人は、長生きできないもの。今の御代では、官位も世の中の評価も、あまりある程になってしまった。途中で、零落して、沈んだ苦しみの代わりに、今まで永らえている。今後、このまま栄華では、矢張り、命が心配だ。静かに、引き籠り、後世の勤行に励み、一つに命を、延ばしたい、と、思い、山里の閑静な土地に、御堂を造らせ、仏像や、経典の準備も、同時にされるが、幼少の子たちを、理想通りに育てたいと、思うのである。
急に、出家するのは、難しいようである。
一体、どういう、考えであるか、解らないのだ。

最後は、作者の言葉である。

当時の、仏教に対する、程度が、伺える。
紫式部本人も、熱心な、人だった。
仏教に帰依するという、心の状態により、安心を得るという。

絵合、えあはせ、を、終わる。




posted by 天山 at 00:00| もののあわれについて第11弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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