2009年03月02日

もののあわれについて。492

おとど参り給ひて、かくとりどりに争ひ騒ぐ心ばへども、をかしく思して、源氏「同じくは、お前にてこの勝負定めむ」と宣ひなりぬ。「かかる事もや」とかねて思しければ、中にもことなるは選りとどめ給へるに、かの須磨明石の二巻は、思す所ありて取りまぜさせ給へり。中納言もその御心おとらず。





大臣、源氏も、参内されて、このように、各自が、論争する趣向を、興味深く思い、同じことなら、御前で、この勝負を定めようと、仰るまでになった。
源氏は、こんなこともあろうかと、前から思っていた。中でも、特別なものは、選んで、残しておいたのが、須磨と明石の、二巻は、考えがあり、この度に、加えた。
中納言も、その気持ち、源氏に負けないものがある。





この頃の世には、ただかくおもしろき紙絵をととのふることを、天の下いとなみたり。源氏「今あらため画かむことは本意なきことなり。ただありけむ限りをこそ」と宣へど、中納言は人にも見せで、わりなき窓をあけて画かせ給ひけるを、院にもかかる事聞かせ給ひて、梅壺に御絵ども奉らせ給へり。




この頃の世間では、このように、興味深い、紙絵を集めることが、世の中の風潮であった。
源氏は、今更、改めて、描かせるのは、面白くない。ただ、持ち合わせたものだけを、と、仰るが、中納言は、人にも隠して、秘密の一室を作り、描かせるのだ。そして、院におかせられても、このようなことを、お伝えして、梅壺に、絵を差し上げるのだった。


当時の、遊びが、解る。
名人の描いたものから、自分が描いたものまで。
それを、集めて、皆で、判定をするのである。



年の内の節会どものおもしろく興あるを、昔の上手どものとりどりに画けるに、延喜の御手づから、事の心かかせ給へるに、またわが御世の事も画かせ給へる巻に、かの斎宮の下り給ひし日の大極殿の儀式、御心にしみて思しければ、画くべきやうくはしく仰せられて、公茂が仕うまつれるが、いといみじきを奉らせ給へり。えんに透きたる沈の箱に、同じ心葉のさまなどいと今めかし。御消息はただ言葉にて、院の殿上にさぶらふ左近の中将を御使にてあり。かの大極殿の御腰寄せたる所の、かうがうしきに、


身こそかく しめのほかなれ そのかみの 心のうちを わすれしもせず

とのみあり。
聞え給派ざらむもいとかたじけなければ、苦しく思しながら、昔の御かんざしの端をいささか折りて、


しめのうちは 昔にあらぬ 心地して 神代のことも 今ぞ恋ひしき

とて、はなだの唐の紙につつみて参らせ給ふ。御使の禄などいとなまめかし。





一年中の、色々な節会の、面白く、興ある様を、昔の名人が、それぞれに描いたものに、延喜の帝が、自ら、説明を描きあそばしたものや、また、自分の在位中のことも、掻かせた絵巻の中に、あの、斎宮が伊勢に下った日の、大極殿の儀式を、心に沁みるように、忘れないで、構図などを、詳しく指示して、公茂が、描いた、見事なものを、差し上げた。優雅な透かし彫りの箱に、同じ趣の、飾り造花など、今流である。お使いは、ただ口上で、院の殿上にもお仕えしている、左近の中将を、お使えに立てた。
あの大極殿に、斎宮の輿を寄せた場面の、神々しい絵に、


私の身は、内裏の外にいるが、あの当時の、心持を決して、忘れはしない。

とだけあった。
ご返事を申し上げないのは、恐れ多いと、申し訳なく思いつつ、昔の、かんざしの端を、少し折り、


御所の中は、昔と変わってしまいました。神に仕えていた頃のことも、今は、恋しいものです。

と、書かれて、はなだ色の唐の紙に包んで、差し上げる。
お使いへの、禄なども、大変優美であった。




はなだの、とは、はなだいろ、の、略である。
藍色の薄い色のこと。

いと なまめかし
大変、優美、優雅である。




院の帝御覧ずるに、限りなくあはれと思すにぞ、ありし世を取り返さまほしく思ほしける。おとども「つらし」と思ひ聞えさせ給ひけむかし。過ぎにし方の御報いにやありけむ。院の御絵は后の宮より伝はりて、あの女御の御方にも多く参るべし。尚侍の君も、かやうの御好ましさは人にすぐれて、をかしきさまにとりなしつつ集め給ふ。




上皇陛下は、ご覧あそばして、限りなく、心が動くため、御世を取り戻したい気持ちになる。大臣、源氏のことも、酷いと思われただろう。過去の報いであろうか。
院の絵は、后の宮から伝わり、あの女御の方にも、多く集まっていることでしょう。
尚侍、ないしのかんの、君も、このような絵の趣味は、人よりすぐれて、風情に仕立てて、集められる。

作者の言葉が、多い。




「その日」と定めて、にはかなるやうなれど、をかしきさまに、はかなうしなして、左右の御絵ども参らせ給ふ。女房のさぶらひに御座よそはせて、北南かたがた別れて侍ふ。殿上人は後涼殿のすのこにおのおの心よせつつ侍ふ。左は紫檀の箱に蘇芳の花足、敷物には紫地の唐の錦、打敷は葡萄染めの唐の綺なり。童六人、赤色に桜がさねのかざみ、あこめは紅の藤がさねの織物なり。姿、用意などなべてならず見ゆ。右は浅香の下机、打敷は青地の高麗の錦、あしゆひの組、花足の心ばへなど今めかし。童、青色に柳のかざみ、山吹がさねのあこめ着たり。皆御前にかき立つ。上の女房前後と装束き分けたり。





日取りを決めて、急ではあるが、をかしきさま、にて、趣深く、はかなうしなして、少しの準備をして、右と、左の、絵を、御前に運ぶ。
女房の詰め所の、台盤所に、玉座を設けて、北と南に、それぞれ分かれて、座に着いた。
殿上人は、後涼殿の、すのこに、銘々好きな方に、心を寄せて、控える。
左は、紫檀の箱に、蘇芳の花足、敷物に、紫地の唐の錦、打敷は、えび染めの唐の綺である。
童が六人、赤色の上衣に、桜重ねの、かざみ、あこめ、には、紅に藤重ねの織物である。
姿や、心の準備が意外である。
右は、沈の浅香の下机、打敷は青地の高麗の錦、机の脚を飾り結ぶ組紐、花足の輝きなどは、今風である。
童は、青色の上衣に、柳のかざみ、山吹襲のあこめ、を、着ている。
童たちは、皆々が、御前に絵の箱を、並べ据える。
帝づきの、女房は、左方が、前に、右方が、後ろに、装束の色を分けて、控えている。


何とも、優雅な遊びである。
平安期の、王朝文学であるところの、源氏物語である。

襲、かさね、とは、袷、重ね、という意味である。
葡萄染め、えびぞめ、これは、古代紫の色であろう。




posted by 天山 at 00:00| もののあわれについて第11弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。