2009年02月09日

もののあわれ 409

その頃、尚侍の君まかで給へり。わらはやみに久しうなやみ給ひて、「まじなひなども心やすくせむ」とてなりけり。修法など始めて、おこたり給ひぬれば、誰も誰もうれしうおぼすに、例の、「めづらしきひまなるを」と、聞えかはし給ひて、わりなきさまにて、夜な夜な対面し給ふ。いと盛りに、にぎははしきけはひし給へる人の、少し、うちなやみて、やせやせになり給へるほど、いとをかしげなり。





その頃、朧月夜、尚侍、ないしのかみ、の、君が、里に下がられていた。
彼女は、おこりに、長い間、苦しまれて、まじないなども、実家にて、気兼ねなくされようとしたのである。
修法などを始めて、快方に向かっていたので、皆が、嬉しく思っていた時、例によって、滅多に無い機会と、源氏の君と、示し合わせて、無理を重ねて、夜な夜な、お会いになる。
朧月夜は、美しい盛りである。
快活で、華やかな様子の方が、少し患い、痩せていらっしゃるのは、また、たいそう美しげである。





后の宮も、ひと所におはする頃なれば、けはひいと恐ろしけれど、かかる事しもまさる御くせなれば、いと忍びて、たび重なりゆけば、けしき見る人人もあるべかめれど、わづらはしうて、宮には、「さなむ」と啓せず。





大后も、同じ邸にいらっしゃる頃である。
周囲の気配も、源氏は、たいそう気になるのだが、このような、危なげな恋愛の方が、心を引きつられるという、癖を持っているので、たいそう、忍びになっても、度重なると、その様子を見る、女房もあるだろう。だが、女房の方も、厄介なことと、思い、大宮には、これこれですと、申し上げないのである。
啓せず、とは、敬語の最高位である。
皇后、皇太后、皇太子には、申し上げることを、啓す、という。




おとどはた思ひかけ給はぬに、雨にはかにおどろおどろしう降りて、雷いたう鳴り騒ぐ暁に、殿の君達、宮づかさなどたちさわぎて、こなたかなたの人目しげく、女房どももおぢ惑ひて、近うつどひ参るに、いとわりなく、出で給はむかたなくて、明けはてぬ。御張のめぐりにも、人々しげくなみいたれば、いと胸つぶらはしくおぼさる。心知りの人二人ばかり、心を惑はす。



父である、右大臣も、また、二人の関係を、考えてもいないのである。
雨が、急に激しく降り、雷が、酷く鳴り騒ぐ夜明けに、大臣の家の若君たちや、宮司などが、騒ぎ回り、あちらこちらの人目が多くなった。
女房たちも、酷く怯えて、朧月夜の周りに集まるので、源氏は、どうにもならず、出ることもできないで、夜が明けてしまった。
御帳台の、周りにも、女房たちが、沢山並んで座っている。
源氏は、胸が、潰れるばかりに、はらはらと、なる。
訳を知る、女房が二人ほど、ことの次第が、明らかになることを、恐れて、思案にくれている。





神なりやみ、雨少しをやみぬるほどに、おとどわたり給ひて、まづ宮の御かたにおはしけるを、むら雨のまぎれにて、え知り給はぬに、かろらかにふとはひ入り給ひて、みす引き上げ給ふままに、大臣「いかにぞ。いとうたてありつる夜のさまに、思ひやり聞えながら参り来でなむ。中将、宮のすけなどさぶらひつや」など宣ふけはひの、舌どにあはつけきを、大将は、もののまぎれにも、左のおとどの御有様ふと思しくらべられて、たとしへなうぞほほえまれ給ふ。げに入りはてても宣へかしな。




雷を、神鳴り、と、書くのである。
如何に、神という文字の、観念が、神というものを語る上で、違うかが、理解できる。
日本の神とは、名詞のみならず、形容詞にもなり、様々な、神という文字を使用する、言葉がある。
神さびて、などは、形容詞の実に美しい使い方である。

神鳴りがやみ、雨が小降りになった頃、父の大臣がおいでになって、大后の部屋にいらしたことを、村雨の音にまぎれて、二人ともに、気づかなかった。
ところが、朧月夜の部屋にも、気軽に入ってきた。そして、御簾を引き上げられる。
どうですか、たいそう嫌な、昨夜の天気で、こちらのことを、心配していましたが、参上いたしませんで・・・中将や、宮のすけなどは、おりましたか、などと、おっしゃる様子が、早口で、軽率な感じであり、源氏は、こんなどさくさの最中にも、左大臣の様子が、ふと思い出され、それと、比べると、比較にならないと、自然微笑む。
さらに、中に入ってからでも、おっしゃればいいのにと、思うのである。

村雨の紛れにて
村雨とは、夏の暴風雨である。
その、音に紛れるという意味。




かんの君、いとわびしうおぼされて、やをらいざり出で給ふに、おもてのいたう赤みたるを、「なほ悩ましうおぼさるるにや」と見給ひて、大臣「など御けしきの例ならぬ。物の怪などのむつかしきを、修法のべさすべかりけり」と宣ふに、薄ふた藍なる帯の、御ぞにまつはれて引き出でられたるを、見つけ給ひて、「あやし」とおぼすに、またたたむ紙の手習ひなどしたる、御凡帳のもとに落ちたりけり。「これはいかなる物どもぞ」と、御心おどろかれて、大臣「かれはだれがぞ。けきしことなる物のさまかな。賜へ。それ取りてたがぞと見侍らむ」と宣ふにぞ、うち見かへりて、われも見つけ給へる。




かんの君、朧月夜は、とても、辛く思い、にじり出ると、顔が、酷く赤らんでいるのを、まだご気分がすぐれないのか、と、大臣が感じて、何故、顔色が悪いのか。物の怪が、しつこいのだ。修法を続けさせるべきだったと、おっしゃる。
その時、薄二藍色の、帯が、お召し物にからまりついて出てきたのを、見つけて、おかしい、と、思い、まだその上に、懐紙に文字の書いたものが、御凡帳の辺りに落ちている。
これは、どういうことなのかと、心も、ドッキリとして、大臣が、あれは、誰のだ。見慣れぬもののようだが。お出ましください。手にとって、誰のものか、見ましょうと、おっしゃる。
振り返り、女君も、それを、見つけた。





まぎらはすべき方もなければ、いかがはいらへ聞え給はむ。われにもあらでおはするを、「子ながらも、恥づかしと思すらむかし」と、さばかりの人はおぼし憚かるべきぞかし。されどいと急に、のどめたる所おはせぬおとどの、おぼしもまはさずなりて、たたう紙を取り給ふままに、凡帳より見入れ給へるに、いといたうなよびて、つつましからず添ひ臥したる男もあり。今ぞ、やをら顔ひき隠して、とかう紛らはす。あさましうめざましう、心やましけれど、ひたおもてには、いかでかはあらはし給はむ。目もくるる心地すれば、このたたむ紙を取りて、寝殿にわたり給ひぬ。




取り繕いようもないので、返事を、どうすればいいのか・・・
気も失いそうである。
我が子ながらも、恥ずかしいと、思いだろうと、これくらいの、ご身分の方は、ご遠慮なさるべきだったのだと、思う。
さて、気短で、おうようさのない大臣であるから、分別も無くなり、その懐紙を取り上げて、凡帳から、覗き込むと、何とも、しどけない姿で、臆面も無く、横になっている、男を見た。
すると、今になって、顔を隠して、あれこれと、取り繕う。
あまりのことに、腹も立ち、癪にも触るが、面と向かって、何と、とがめることができようか・・・
目の前も、真っ暗になり、懐紙を手に取り、そのまま、寝殿に去った。



かんの君は、われかの心地して、死ぬべくおぼさる。大将殿も、いとほしう、「つひに用なきふるまひのつもりて、人のもどきを負はむとすること」とおぼせど、女君の心苦しき御けきしを、とかく慰め聞え給ふ。




かんの君は、気も遠くなり、死にそうに思う。
大将殿も、困ったことだ。結局、つまらぬ振る舞いを重ねて、人に非難されることであろうとは、と、思うのである。
そして、女君の、気の毒な様子に、あれこれと、慰めるのである。

当時の、夜這いの一こまである。




posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第9弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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