2009年02月05日

もののあわれ 405

年もかはりぬれば、内わたり花やかに、内宴踏歌など聞き給ふも、もののみあはれにて、御行ひしめやかにし給ひつつ、のちの世の事をのみ思すに、頼もしく、むつかしかりしこと離れて思ほさる。常の御念誦堂をばさるものにて、ことに建てられたる御堂の、西の対の南にあたりて、少し離れたるに渡らせ給ひて、とりわきたる御行ひせさせ給ふ。




年も新しくなった。
御所一帯も、華やかになり、内宴だ、踏歌だなどと、騒ぐのを宮は聞かれると、ただ、感慨深く、勤行をひっそりと行い、後世のことばかりを、考える。
頼もしく、嫌な思いの出来事も、遠い昔のように、思われる。もとの、念誦堂はそのままにして、別に建てられたお堂である、西の対の方の、少し離れたお堂に移られ、特に心をこめて、お祈りする。

もののみあはれにて
深く物思う状態である。



大将参り給へり。あらたまるしるしもなく、宮の内のどかに、人目まれにて、宮づかさどもの親しきばかり、うちうなだれて、見なしにやあらむ、くしいたげに思へり。あを馬ばかりぞ、なほひきかへぬものにて、女房などの見ける、所せう参りつどひ給ひし上達部など、道をよきつつひき過ぎて、向ひのおほい殿につどひ給ふを、かかるべき事なれど、あはれにおぼさるるに、千人にもかへつべき御さまにて、深うたづね参り給へるを見るに、あいなく涙ぐまる。




大将が参上された。
年の改まったしるしもなく、中宮御所は、ひっそりとして、人影も少ない。
宮司の人々の中で、親しい者だけが、うなだれ、思いなしか、気が重そうである。
白馬だけが、それでも、昔と変わりなく、正月の風物で、女房たちが、見物する。
いる場所もないほどだった、上達部など、今年は、道を避けて通り過ぎる。
向かいの、大臣の邸に集まるのを、当然であると思いつつも、心寂しく思うときに、千人にもいる如くの様子で、心をこめて、お訪ねするのを見ていると、わけもなく、涙ぐまれる。




客人も、いとものあはれなるけしきに、うち見まはし給ひて、とみにものも宣はず。さま変れる御すまひに、御簾の端、御凡帳も青鈍にて、ひまひまよりほの見えたる薄鈍、くちなしの袖口など、なかなかなまめかしう、奥ゆかしう思ひやられ給ふ。




お客の方も、物寂しい様子に、辺りを見回して、すぐに言葉に出来ずにいる。
昔に変わる住まいの有様に、御簾の縁や、御凡帳も青鈍色で、その隙間隙間に見えた、薄鈍色や、くちなし色の袖口などが、かえって、なまめかしく、奥ゆかしいく、思われる。




とけわたる池の薄氷、岸の柳のけしきばかりは時を忘れぬなど、さまざまながめられ給ひて、「むべも心ある」としのびやかにうちずし給へる、またなうなまめかし。


源氏
ながめかる あまの住みかと 見るからに まづしほたるる 松が浦島

と聞え給へば、奥深うもあらず、みな仏にゆづり聞え給へるおまし所なれば、少しけ近きここちして、

入道宮
ありし世の なごりだになき 浦島に 立ち寄る浪の めづらしきかな

と宣ふも、ほの聞ゆれば、忍ぶれど、涙ほろほろとこぼれ給ひぬ。世を思ひすましたる尼君たちの見るらむも、はしたなければ、こと少なにて出で給ひぬ。




解け始めた池の薄氷や、岩の柳が、形だけは、季節を忘れず、芽を出したと、あれこれ、目がとまる。
いかにも、立派な尼君がと、声を潜めて、口ずさんでいるお姿は、類無く美しい。

源氏
これが、物思いに明け暮れている方の、お住まいだと思うと、何より先に、涙がこぼれます。
と、言上げされると、奥は広く、内は皆、仏をお祭りしている、居間であり、少しは近くにいるような感じである。

藤壺
昔の頃の、名残もない、この狭い住まいに立ち寄ってくださる、お方がいるとは、珍しいことです。
と、仰る。それも、微かに聞こえるので、こらえていても、涙が、ほろほろと、こぼれるのである。
この世を、悟り澄ました、尼君たちの見ているのも、きまりが悪く、言葉少なく、退出された。



人々「さもたぐひなくねびまさり給ふかな。心もとなき所なく、世に栄え、時にあひ給ひし時は、さるひとつ物にて、何につけてか世をおぼし知らむと、おしはかられ給ひしを、今は、いといたう思ししづめて、はかなき事につけても、物あはれなるけしきさへ給へるは、あいなう心苦しうもあるかな」など、老いしらへる人々、うち泣きつつ、めで聞ゆ。宮も、おぼし出づる事多かり。



女房は、本当に、例のないほど、ご立派になりましたことです。心配事もなく、世に栄え、時勢に乗っていらした時は、ひとり天下でいらして、どうして、世間のことがわかろうかと、一同思っていましたが、今は、とても、しっかりとして、少しのことにも、心を動かすところまで、備わっていますのは、何か、気の毒にも、思えます。などと、老いぼれた女房たちは、涙を流して、褒め上げる。
宮も、思い出されることが、多い。

尼になった、藤壺の住まいの様子を、描写するのである。



posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第9弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。