2009年01月18日

もののあわれ 378

院の御なやみ、かんな月になりては、いと重くおはします。世の中に惜しみ聞えぬ人なし。内にもおぼし嘆きて、行幸あり。



院のご病気が、十月に入り、とても、重くなりました。
世の中の人は、それを、惜しみ、心配している。聞えぬ人なし、心配しない人は、いないのである。
帝も、心配されて、行幸される。




弱き御心地にも、東宮の御ことを、かへすがへす聞えさせ給ひて、つぎには大将の御こと、院「侍りつる世に変らず、大小の事を隔てず、何事も御うしろ見とおぼせ。よはひのほどよりは、世をまつりごたにも、をさをさはばかりあるまじうなむ見給ふる。必ず世の中のたもつべき相ある人なり。さるによりて、わづらはしさに、みこにもなさず、ただ人にて、おほやけの御うしろ見をせさせむと、思ひ給へしなり。その心たがへさせ給ふな」と、あはれなる御遺言ども多かりけれど、女のまねぶべきことにしあらねば、この片はしだに、かたはらいたし。





衰弱された御心ながらも、東宮のことを、繰り返し繰り返し、頼むのである。
そして、次には、大将のこと。源氏のことである。
院は、私の在世中と、変わらずに、大小に関わらず、お世話役と、思ってください。年のわりには、政治を執らせるにせよ、別に遠慮することないと、思います。必ず、天下を治める能力がある人です。そのために、面倒が起こることを、恐れて、親王にもせず、臣下として、朝廷のお世話役をさせようとしたのです。この私の、心に、背くことなきよう。と、心打つ、遺言が、多くあった。
女の口にすべきことではないので、ここに、少しでも、漏らしたことでも、気が引ける。とは、作者の言葉である。




みかども、「いと悲し」とおぼして、さらにたがへ聞えさすまじき由を、返す返す聞えさせ給ふ。御かたちもいと清らに、ねびまさらせ給へるを、うれしく頼もしく見奉らせ給ふ。限りあれば、急ぎ還らせ給ふにも、なかなかなること多くなむ。





陛下も、悲しく思い、決して背くことのない、旨を、繰り返し繰り返し、申し上げる。
お姿も、大変綺麗で、お年とともに、なりあそばしたこと、院は嬉しく、頼もしく、ご覧になる。
限りがあるので、急いで、戻られるが、心残りが、多くある。




東宮も、ひとたびにと、おぼしめしけれど、物さわがしきにより、日をかへて渡らせ給へり。御としのほどよりは大人び、うつくしき御さまにて、「恋し」と、思ひ聞えさせ給ひけるつもりに、なに心もなく、「うれし」とおぼし、見奉り給ふ御けしき、いとあはれなり。




東宮も、ご一緒にと、思われたが、大げさになるので、日を替えて、行かれた。
お年のわりに、大人びて、可愛らしい様子。
院を、恋しいと、慕い、そこに居られたが、無邪気に、嬉しいと思い、院の御顔を、ご覧になる。その様子、とても、いたわしい。

この、あはれ、は、いたわしい、と推察する気持ちの、あはれ、である。



中宮は、涙に沈み給へるを、見奉らせ給ふも、さまざま御心乱れて、おぼしめさる。よろづのことを、聞え知らせ給へど、いとものはかなき御ほどなれば、「うしろめたく、悲し」と見奉らせ給ふ。大将にも、おほやけに仕うまつり給ふべき御心使ひ、この宮の御うしろ見し給ふべき事を、返す返す宣はす。夜ふけてぞ、帰らせ給ふ。残る人なく仕うまつりて、ののしるさま、行幸におとけぢめなし。あかぬほどにて、帰らせ給ふを、いみじうおぼしめす。



中宮が、涙に濡れているのを、見るにつけても、院は、あれこれと、心乱れ、悩んでいる。
色々なことを、お話しようとするが、とても、幼い年ゆえ、心もとなく、可愛そうであると、ご覧になる。
大将には、朝廷に、お仕えする心づかいや、東宮の、お世話を勤めることを、繰り返し繰り返し、仰せられる。
東宮は、夜が更けてから、お帰りになった。
殿上人も、残らず、お供して、ざわめいている様子は、帝の、行幸に、劣るところがないのである。
帰したくないのだが、お帰りになるのを、院は、ひどく残念に思う。

いとものはかなき
いと もの はかなき
ものはかなき、と、もの、がつく。

もののあはれ、は、もののはかなき、でもある。

あはれはかなき、と、なると、更に、思いが重なる。

はかなき、も、単に、儚いということではない。
存在の、希薄さではない。存在の深さであり、重さともなる。
儚いからこそ、それは、重大な意味があるのだ。

ここでは、その有様が、大変に儚いものであると、幼きことで、心もとないが、その存在が意味深いからである。
この部分は、訳者によって、いかようにも、表現することが、出来る。
つまり、百人百様の捉え方がある。

それぞれの、心象風景である。




posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第9弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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