2009年01月04日

もののあわれ 374

暮れはてぬれば、大殿油近く参らせ給ひて、さるべき限りの人々、おまへにて物語などせさせ給ふ。中納言の君といふは、年頃忍びおぼししかど、この御思ひの程は、なかなかさやうなる筋にもかけ給はず。「あはれなる御心かな」と見奉る。



日が暮れ果てたので、灯を近くに灯し、それなりの女房たちを相手に、御前で、話をさせる。
中納言の君という者は、年来、こっそりと、寵愛したのだが、この喪服の間は、そんなことを、考えもしない。
あはれなる御心かな、優しい、心だと、思うのである。





大方にはなつかしううち語らひ給ひて、源氏「かう、この日頃、ありしよりけに、誰も誰も紛るる方なく見なれ見なれて、えしも常にかからずは、恋しからじや。いみじき事をばさるものにて、ただうち思ひめぐらすこそ堪え難きこと多かりけれ」と宣へば、いとどみな泣きて、人々「いふかひなき御事は、ただかきくらすここちし侍ればさるものにて、名残なきさまにあくがれはてさせ給はむ程、思ひ給ぬるこそ」と、聞えもやらず。「あはれ」と見渡し給ひて、源氏「名残なくは、心浅くも取りなし給ふかな。心長き人だにあらば、見はて給ひなむものを。命こそはかなけれ」とて、灯をうち眺め給へるまみのうち濡れ給へる程ぞめでたき。





色恋を離れて、優しく語りかけて、このように、幾日もの間、以前にも増して、誰にも誰にも、すっかりと、馴染んできたが、しょっちゅう、こんなようにして、居られないことになれば、恋しくてなるまい。あれが、死んだのは、仕方ないとして、ただ、今後のことを考えると、堪らない気がすることが、多い。と、おっしゃる。
すると、皆は、いっそう泣いて、言っても、詮無いこと。真っ暗な気持ちがしますので、申し上げいたしません。
すっかりと、見限り、どこかへ行ってしまわれると、考えますと、と、それから、後は、言葉が出ない。
心を打たれて、一同を、見回し、源氏は、見限るなどとは、どうして、出来ようぞ。薄情と、思うのか。気の長い人なら、いつか、分かるだろうが。しかし、命は、あてにならない。と、燈火を眺めて、涙を浮かべるのである。
それが、素晴らしく見えるのである。





取りわきてらうたく給ひし小さき童の、親どもなくいと心細げに思へる、ことわりに見給ひて、源氏「あてきは、今は我をこそは思ふべき人なめれ」と宣へば、いみじう泣く。ほどなきあこめ、人よりは黒う染めて、黒きかざみ、かんぞうの袴など着たるも、をかしき姿なり。




姫が、格別に、可愛がっていた、幼い童女が、両親もいず、大変心細く思っているのを見て、無理もないと、ご覧になる。
源氏は、あてきは、今は、私を頼りにするんだよ、と、おっしゃると、ひどく泣く。
小さい、あめこを、人よりは、黒く染めて、黒い、かざみや、カンゾウ色の袴を着ているのも、可愛らしい。

あてき、とは、童女の名前。

源氏「昔を忘れざらむ人は、つれづれを忍びても、幼き人を見捨てずものし給へ。見し世の名残なく、人々さへかれなれば、たづきなさもまさりぬべくなむ」など、みな心長かるべき事どもを宣へど、人々「いでや。いとど待遠にぞなり給はむ」と思ふに、いとど心細し。





源氏は、昔を忘れない人は、寂しさを辛抱し、小さな人を、見捨てずに、居てください。
今までと、違う様子になって、あなたたちも、出て行ったら、来ることも、難しい。などと、皆が、気長にしているようにと、繰り返しおっしゃる。
人々は、どうやら、いっそう、足が遠のくと思うと、いっそう、心細いのである。




大殿は人々に、きはぎはほど置きつつ、はかなきもてあそびものども、また、まことにかの御形見なるべき物など、わざとならぬさまに取りなしつつ、みな配らせ給ひけり。





左大臣は、女房たちに、身分に合わせて、少しの、品々、また、形見となるものを、ことさらにならぬように、一同に、配った。


君は、「かくてのみもいかでかはつくづくと過ぐし給はむ」とて、院へ参り給ふ。御車さし出でて、御前など参り集まる程、折知り顔なる時雨うちそそぎて、木の葉誘う風、あわただしう吹き払ひたるに、お前に侍ふ人々、ものいと心細くて、少しひまありつる袖どもうるひわたりぬ。「夜さりは、やがて二条の院に泊り給ふべし」とて、さぶらひの人々も、かしこにて待ち聞えむとなるべし、各々立ち出づるに、今日にしもとぢまじき事なれど、またなくもの悲し。大臣も宮も、今日の気色に、又悲しさあらためておぼさる。





君は、源氏は、このように、ふさぎこんでばかりは、いられない。と、院へ、参上した。
お車を、引き出して、ご前駆などが、集まる中、この時の、あはれを知るような、時雨が、はらはらと降り、木の葉を誘う風が、あわただしく、吹き散らす。
御前に、控えていた人々も、なんとも心細くなり、少し乾く間のあった、袖を、誰も濡れてしまった。
夜は、二条の院に、泊まられるだろうということで、お傍の人々も、あちらで、お待ち申し上げようと、各々出て行く。今日で、最後というわけではないが、この上なく、悲しい。
左大臣も、宮も、今日の様子に、また、悲しみを、改めて、感じるのである。
今日のしもとぢまじき事
今日で、最後ではないが。

悲しさあらためておぼさる
悲しみが、新たに、深まるのである。



posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第9弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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