2009年01月03日

もののあわれ 373

御法事など過ぎぬれど、正日まではなほ籠りおはす。ならぬ御つれづれを心苦しがり給ひて、三位の中将は常に参り給ひつつ、世の中の御物語など、まめやかなるも、又例のみだりがはしき事をも、聞え出でつつ慰め聞こえ給ふに、かの内侍ぞ、うち笑ひ給ふくさはひにはなるめる。大将の君は、「あないとほしや。おばおとどの上ないたう軽め給ひそ」と、いさめ給ふものから、常にをかしとおぼしたり。かのいざよひのさやかならざりし、秋の事など、さらぬも、様々のすきごとどもを、かたみにくまなく言ひあらはし給ふはてはては、あはれなる世を言ひ言ひて、うち泣きなどもし給ひけり。




ご法事などは、すんだけれど、正日までは、まだ、お籠りになる。
生まれてはじめての、所在無い、生活を、心に留めて、三位の中将が、常に、参上する。
世間の話などをして、また、いつもの、女の話などを、されて、慰められるのだが、あの、典侍が、笑いの種になるようである。
大将の君は、ああ、可哀想に。おばあさまのことを、馬鹿になさるなと、話を止めるが、いつものように、面白がる。
あの、十五夜の月の清かでなかった折や、秋のことなど、そうではない事も、色々な浮気心の数々を、互いに打ち明ける。
あげくは、儚い、浮世のことを、言い合い、泣いたりするのである。

かたみにくまなく
何もかも、打ち明ける。




しぐれうちして、ものあはれなる暮つ方、中将の君、鈍色の直衣指貫、うすらかに衣がへして、いとををしうあざやかに、心は恥づかしきさまして参り給へり。君は、西の妻戸の高欄におしかかりて、霜枯の前裁見給ふ程なりけり。




時雨が降り、なんとなく、しんみりとした、夕暮れである。
中将の君が、鈍色の直衣と、指貫とを、薄い色のものに、衣替えして、大変男らしく、すっきりと、こちらが、恥ずかしくなるような、姿をして、参上された。
源氏は、西の妻戸の、高欄にもたれて、霜枯れの、庭を、見ていらっしゃるところであった。



風荒らかに吹き、しぐれさとしたる程、涙もあらそう心地して、源氏「雨となり雲とやなりにけむ。今は知らず」と、うちひとりごちて、つらづえつき給へる御さま、「女にては、見捨ててなくならむ魂、必ずとまりなむかし」と、色めかしきここちに、うちまもられつつ、近うつい居給へれば、しどけなくうち乱れ給へるさまながら、紐ばかりをさし直し給ふ。これは、今少しこまやかなる夏の御直衣に紅のつややかなる引きかさねて、やつれ給へるしも、見ても飽かぬここちぞする。中将も、いとあはれなるまみにながめ給へり。




風が、荒々しく吹きつけ、時雨が降った風情は、涙も、競うかの如くである。
源氏は、雨となり、雲となりけり。今は、知らずと、独り言を言う。
頬杖をついている様子は、もし、自分が、女の身であり、先立って死んでゆくとしたら、魂は、きっと、この世に、留まるだろうと、色気ある心地で、じっと一点を見つめつつ、近くに、座られた。
君は、しどけなく、つくろぐ姿で、紐だけを、直す。
源氏は、中将より、少し色の濃い、夏の直衣に、紅のつやつやとした、下襲をさ重ねて、地味にしているが、見ても、飽きないのである。
中将も、しんみりとした、目つきで、空の風情を見つめている。

どうも、この部分は、同性愛的、雰囲気を、醸し出す。




中将
雨となり しぐるる空の うき雲を いづれの方と わきてながめむ

ゆくへなしや」と、ひとり言のやうなるを、
源氏
見し人の 雨となりにし 雲居さへ いとどしぐれに かきくらす頃

と宣ふ御気色も、浅からぬ程しるく見ゆれば、「あやしう、年頃はいとしもあらぬ御志を、院など居立ちて宣はせ、大臣の御もてなしも心苦しう、大宮の御方ざまに、もて離るまじきなど、かたがたにさしあひたれば、えしもふり捨て給はで、ものうげなる御気色ながら、ありへ給ふなめりかしと、いとほしう見ゆる折々ありつるを、まことにやむごとなく重き方は、ことに思ひ聞こえ給ひけるなめり」と、見知るに、いよいよ口惜しう覚ゆ。よろづにつけて光失せぬるここちして、くんじいたかりけり。




中将
雨となり、時雨れる空の浮雲は、そのどれを、亡き妹の雲と、見分けるのかと、眺める。

行くへが、解らないことだと、独り言のように言う。

源氏
亡き妻の、雲となり、雨となってしまった空までも、時雨で、いっそう、暗くなる、今日のこの時。

と、仰る様子は、深い追憶の程が、伺える。
妙なことだ。長年、大して、深くない愛情ゆえに、院などから、仰せがあり、父大臣の、もてなしも気にして、大宮は、離れられない、血縁関係があるので、方々に、差し障りが、あり、可哀想に思われることもあったが、本当に、頑として、動かぬ地位の妻として、特別扱いだった、と分かると、いよいよ、残念に思われる。
万事につけて、光が、消えうせた感じがすると、中将は、妹の死を悼む。





枯れたる下草の中に、竜胆、撫子などの、咲き出でたるを折らせ給ひて、中将の立ち給ひぬる後に、若君の御乳母の宰相の君して、

源氏
草がれの まがきに残る なでしこを わかれし秋の かたみとぞ見る

におひ劣りてや御覧ぜらるらむ」と、聞え給へり。げに何心なき御えみがほぞ、いみじう美しき。宮は吹く風につけてだに木の葉よりけにもろき御涙は、ましてとりあへ給はず。

大宮
今も見て なかなか袖を くたすかな 垣ほ荒れにし やまとなでしこ




枯れた、下草の中に、リンドウや、撫子、などが、咲いている。
それを、折らせて、中将が、立ち去った後、若君の、乳母が、宰相の君を、使いにして、

草枯れの、垣根に残る、撫子は、母を亡くして寂しくする幼児を、死に別れた、形見と思って見ています。

母親より、色が色が劣っていると、思いですかと、大宮に、申し上げる。
無心の、笑顔は、大そう可愛らしい。
大宮は、吹く風につけてさえも、木の葉よりも、ひとしお、もろい涙で、君のお手紙を、開いて、いっそう、悲しく、お手紙を、手にすることもできない。

大宮
垣根の荒れ果てた、大和撫子、母を失った幼児である。それを、形見として、心を慰めるどころか、かえって、袖を涙で濡らします。





なほいみじうつれづれなれば、朝顔の宮に、今日のあはれはさりとも見知り給ふらむと、おしはからるる御心ばへなれば、暗き程なれど聞え給ふ。絶え間遠けれど、さのものとなりにたる御文なれば、とがなくて御覧ぜさす。空の色したる唐の紙に、

源氏
わきてこの くれこそ袖は 露けけれ 物思ふ秋は あまたへぬれど

いつもしぐれは」と、あり。御手などの心とどめて書き給へる、常よりも見所ありて、人々「過ぐしがたき程なり」と、人人も聞え、自らもおぼされければ、朝顔「大内山を思ひやりきこえながら、えやは」とて、

朝顔
秋霧に 立ちおくれぬと 聞きより しぐるる空も いかがとぞ思ふ

とのみ、ほのかなる墨つきにて、思ひなし心にくし。何事につけても、見まさりはかたき世なめるを、つらき人しもぞ、あはれに覚え給ふ、人の御心ざまなる。「つれなながらさるべき折々のあはれを過ぐし給はぬ、これこそかたみに情も見はつべきわざなれ、なほゆえづきよしすぎて、人目に見ゆばかりなるは、あまりの難も出で来けり。対の姫君を、さはおほし立てじ」とおぼす。「つれづれにて恋しと思ふらむかし」と、忘るる折なけれど、ただ女親なき子を置きたらむここちして、「見ぬ程うしろめたく、いかが思ふらむ」と覚えぬぞ心安きわざなりける。



いつまでも、やるせなく、朝顔の君に、今日の空の、あはれさは、いくらなんでも、解ってくださるだろうと、推し量る気質なので、すでに、暗い時分ではあるが、お手紙を、差し上げる。
絶え間は、久しくとも、そういう習慣になる、二人であるから、お傍の女房も、咎めずに、手紙を、お見せになる。
今日の空の色をしている、唐の紙に、

源氏
もの悲しく、思うこの秋は、長年経てきましたが、とりわけ、今日の、この夕暮れは、袖が、涙でいっぱいです。

毎年、時雨は、降りますがと、ある。
筆跡など、気をつけて、書かれている。
いつもより、見事で、このままには、出来ないと、女房も申し、姫も、思う。
朝顔は、お籠もりの、ご様子は、お察しいたしておりますが、こちらからの、お便りは、とても、と、書いて

朝顔
秋の頃、秋霧に先立たれて、奥様が、と、伺い、時雨れる空を見ても、お心、いかがと、推察いたします。

とだけ、ほのかに、墨色で、それは、奥ゆかしい。
何事も、思う以上ということはない、世の中であるが、つれない人を、かえって、慕わしく思うのが、君の、性格である。
打ち解けずにいるものの、しかるべき、折々、風情を見逃さない。
だからこそ、互いに、情を掛け続けることが出来る。
教養高く、風流が過ぎて、人目につく程だと、行過ぎることもある。
対の姫君を、そのように、育てることはしないと、思われる。
寂しがり、恋しがっているだろうと、忘れることはないが、母のない子を置いているような気持ちがする。
逢わずにいる間、気がかりである。どう、思っているのかと、心配がないのは、気楽なことであった。


交々に、源氏の、感情を、その相手により、表現する。
突然、別の人物のことが、出てきて、現代文に慣れた、私たちは、戸惑う。

源氏物語の、難しさは、それである。
これは、誰の心境であるのか、誰のことであるのか。

中には、文脈では、理解できない言葉も、出で来る。

更に、当時の感覚との、相違である。

しかし、それも、大和言葉により、耐えられる。




posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第9弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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