2009年01月02日

神仏は妄想である 191

本格的に、仏教教団が、分裂したのは、西暦前180年頃に、マウリヤ王朝が、将軍プシヤミトラに、滅ぼされてからである。

インド史上空前の、大国家を建設したマウリヤ王朝であるが、中央集権化を徹底させえず、更に、経済的統制力が、弱く、アショーカ王没後に、急速に、勢力を失っていた。特に、経済的な基盤を薄弱にしたのは、仏教教団に対する、多大な荘園を与えたことだったといえる。

インド全体は、再び、分裂状態に陥った。

プシヤミトラは、シュンガ王朝を創ったが、仏教を弾圧し、バラモンの祭祀を復活させた。
次のカヌーヴァ王朝も、バラモンだった。
二つの王朝は、ガンジス川流域を支配していたに、留まる。

西北インドには、ギリシャ人の諸王が、幾つかの王朝を成立させた。
中でも、最も有力だったのが、メナンドロス王であり、アフガニスタンから、中部インドまでを、支配下に置いた。
大半の王は、ギリシャの神々を信仰したが、メナンドロス王は、密かに、仏教を信奉したという。
ナーガセーナ長老に師事し、教義に関する対話が、ミリンダ王の問い、という、書物で残されている。

ギリシャ人に続いて、サカ族が、侵入してきた。
サカ王朝の最初は、マウエースである。
自ら、諸王の王と、称した。

更に、パルチア族が侵入する。
そのアゼース王朝は、北西インドを支配した。

彼らは、ギリシャの神々を信仰した。ただ、インド的観念により、法を守る王と、称していた王が多いという。

東南インドでは、カリンガ国のカーラヴェーラ王が、勢力を広げて、転輪聖王と呼ばれた。
彼は、すべての宗教を崇敬し、諸宗派の神殿を建てたが、特に、ジャイナ教を保護した。

当時の、一般の信仰対象は、聖樹崇拝、星辰崇拝、竜神崇拝が、盛んだった。
更に、井戸を掘り、貯水池を作ることが、功徳があるとして、重要視されていた。

バラモン教は、依然として祭祀を行い、ヒンドゥー教の神々も崇拝された。
この頃は、宗教的、哲学的な、詩篇が数多く作製されたという。叙事詩、マハーバーラタとして収められてある。

だが、一番の活動は、仏教だった。
そして、ジャイナ教である。

この当時の、仏教の崇拝の対象は、釈尊である。
そして、過去七仏の、崇拝も行われた。

特徴的なのは、舎利の崇拝である。
多数の、ストゥーバが建てられ、それと共に、仏の足跡、菩提樹、法輪、夜叉までも、崇拝されたという。

インドのあるゆる階層に渡って、信仰されたようである。
更に、ギリシャ人や、サカ族の人などからも、崇拝された。

それでは、当時の、仏教の修行者は、どのように生活していたのか。
僧院に住む者が多くなり、その僧院は、いずれかの、部派に属すことになっていた。


アショーカ王の時代に、上座部と、大衆部の二派に分裂したが、その後、約百年の間に、大衆部系統が、細かに分裂した。
次いで、その後の、百年の間に、上座部系統が、細かく分裂する。

ここで、キリスト教の、分裂と比べると、相違点が解る。
カトリックから、その聖職者だった、ルターによって、新教、プロテスタントが、出たが、その、プロテスタントは、細かく分裂してゆく。

新教は、細かく分裂する要素が大きいのである。
それは、解釈の仕様で、如何様にでもなるからである。
権威というものを、置かなければ、また、否定すれば、幾らでも、分裂が、可能である。

仏教の、分裂は、凄まじく、教義が、多数、教えには、様々な、習慣や、風俗が取り入れられるという有様になる。

それらは、推測するしかないほど、分裂したのである。

上座部と、大衆部との、二つを、根本二部と呼び、枝末十八部と、合わせて、小乗二部と呼ぶ。
上座部系統は、西暦前100年頃に、分裂が完了したといわれる。

恐ろしいのは、各部派は、それぞれ、自派の教説を権威づけるため、正統であることを示すために、各派ごとに、それぞれの立場から、従来の経典を、編纂し直したのである。

ここに、経蔵と、律蔵が、成立した。

更に、各派が、争い、釈尊の、教えの教説に対する、反省究明が行われ、教説の、説明注釈、整理分類、諸説の矛盾を突く努力がされたという。

その結果が、アビダルマと称され、その総論を、論蔵と称する。
経蔵、律蔵、論蔵とを、総称して、三蔵と呼ぶ。

部派の中で、最も、有力だったのは、上座部の説一切有部である。
略して、有部である。

一切が実有なりと説く部派、である。
一切とは、一切の法、五蘊、十二所、十八界という、それぞれの、見方における、法の体系の意味を表す。

詳しい説明は、省略するが、経量部という、部派は、面白い。
経典のみを典拠として、有部の所説を批判的に改めたという。
そこでは、過去、現在、未来という、転生輪廻を認めず、現在実有・過去無体といい、現在のみが実在であり、過去と未来は存在しないとした、説を唱えたのである。

有部等その他の、仏教思想は、衆生は煩悩に促されて、諸々の行為をなして、身・口・意の三業をつくる。
その、果報として、苦を享受している。
苦とは、惑・業・苦の三道である。

迷いの結果として、現れている世界は、有情世間、物理的自然世界である、器世間である。
生きるもの各自の、姿は、業のもたらしたものであるが、物理的自然世界も、多数の過去の業が、重なり、積もったものであるとする。

その、器世間は、成・住・壊・空の四劫によって、循環する。つまり、物理的自然世界は、成立し、存続し、破壊され、空無に帰するという、四つの長い期間を経過して、その後また、空無の中から、成立して、四つの時期を経過し、この過程を繰り返すというものである。

苦しみからの、離脱は、煩悩が起こらないようにしなければならない。
諸々の煩悩が起こるのは、諸々の法が働き、その作用が現れていることであり、故に、諸々の法の働きを停止、静止しなければならない。
そのために、一切の、欲望を制して、執着を離れ、戒律を守り、禅定を行って、諸々の法の本体を観て、諸々の法の真相に通達することである。

法の真相を観ずる智慧には、特殊なすぐれた力があると、考えた。

修行の境地に達した人を、阿羅漢と呼ぶ。
そこに、到達するには、幾生涯をかけて、修行しなければならないのである。

多くの部派では、人格的主体の実存を認めなかったという。
しかし、主体の無い輪廻というものは、常識的に極めて、理解が困難である。
そこで、若干の部派では、仏教の伝統的な、無我説の立場を保持しつつ、何らかの主体を想定するに、至った。

上記の、小乗に対して、大乗は、仏の超人性・絶対性を強調し、菩薩の美徳を強調して、心性は、本浄なりと、説き、過去未来は是れ無、現在は是れ有なり、と唱えた。

小乗の阿羅漢は、大乗では菩薩となるのである。

この時期の、大乗は、思想形成の過渡的状態である。

要するに、作られていく思想である。
生活指導の、釈迦仏陀の行為と、言葉が、とんでもない、思想に展開してゆくということである。




posted by 天山 at 00:00| 神仏は妄想である。第5弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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