2008年12月22日

もののあわれ363

今日は、二条の院に離れおはして、祭見に出で給ふ。西の対に渡り給ひて、惟光に車のこと仰せたり。源氏「女房、出で立つや」と宣ひて、姫君のいと美しげにつくろひたてておはするを、うち笑みて見奉り給ふ。源氏「君は、いざ給へ。もろともに見むよ」とて、御髪の常よりも清らに見ゆるを、かき撫で給ひて、源氏「久しうそぎ給はざめるを、今日はよき日ならむかし」とて、暦の博士召して、時間はせなどし給ふ程に、源氏「先づ女房でね」とて、童の姿どもの、をかしげなるを御覧ず。いとらうたげなる髪どものすそ、はなやかにそぎわたして、浮紋の表の袴にかかれる程、けざやかにみ。源氏「君の御髪は、我そがむ」と、そぎわづらひ給ふ。源氏「いと長き人も、額髪は少し短うぞあめるを、むげに後れたる筋のなきや、あまり情なからむ」とて、そぎ果てて、源氏「千尋」と、祝ひ聞え給ふを、少納言、「あはれにかたじけなし」と、見奉る。




今日、源氏は、二条の院の、離れにおいでになり、祭り見物に、出掛ける。
西の対に、渡りになり、惟光に、車の用意を命じた。
源氏は、女房たちは、出掛けますよ、と、仰り、姫君の、とても可愛いげに着飾るのを、微笑んで、御覧になる。
源氏は、姫君に、さあ、いらっしゃい。一緒に見ようと、言い、いつもより、美しく見える髪を撫でた。
源氏は、長い間、髪を切っていないようだが、今日は吉日だろうと、暦博士を呼ばれ、時の良し悪しを、調べさせる。
その間に、源氏は、まず、女房たちが、出なさいと、童女たちの、美しい姿を、御覧になる。
とても可愛らしい髪のすそを、誰も彼も、華やかに切り揃えて、浮紋の表の袴に、垂れている具合が、くっきりと、鮮やかに見える。
源氏は、姫君に、あなたの、御髪は、私が切ろうと、言う。
そして、随分と沢山だ。これからも、どんどんと、伸びてゆくのだろう、と、切りにくい様子である。
酷く長い人でも、額の髪は、少し短い様子。全く後れ毛のないのは、あまり風情が無いと、仰りつつも、源氏が、切り終わる。
千尋までも、と、源氏が、お祝いを、申し上げるのを、少納言は、しみじみと、嬉しく、もったいないことと、拝する。

少納言とは、姫君、紫の君の、付き人である。




源氏
はかりなき 千尋の底の 海松ぶさの 生ひゆく末は 我のみぞ見む

はかりなき ちひろのそこの みるぶさの おひゆくすえは われのみぞみむ

と、聞え給へば、

姫君
千尋とも いかでか知らむ 定めなく 満ちひる潮の のどけからぬに

と物に書きつけておはするさま、らうらうじきものから、若うをかしきを、「めでたし」と、おぼす。





源氏
計り知れない、千尋もある、海の底の、海松房、みるぶさ、のように、ふさふさとした、あなたの髪が伸びてゆく。
と、申し上げると、

姫君
海の深さが、千尋もあると、どうして、お解りですか。定めなく、満ちたり、退いたりする潮は、あなたを、じっと見ているかもしれません。
と、紙に書き付けている様子は、器用である。が、子供ぽく、美しいので、源氏は、可愛らしいと、思うのである。




今日も、所なく立ちにけり。馬場のおとどの程に、立てわづらひて、上達部の車ども多くて、源氏「物騒がしげなるわたりかな」と、やすらひ給ふに、よろしき女車の、いたう乗りこぼれたるより、扇をさし出でて、人を招き寄せて、女車「ここにやは立たせ給はぬ。所さり聞えたり。「いかなるすきものならむ」と、おぼされて、所もげによきわたりなれば、引き寄せさせ給ひて、源氏「いかで得給へる所ぞ、と、ねたさになむ」と、宣へば、由ある扇のつまを折りて、

女車
はかなしや 人のかざせる あふひゆえ 神の許しの けふを待ちける

注連の内には」とある手をおぼしいづれば、かの内侍のすけなりけり。あさましう、「ふりがたくも今めくかな」と、にくさに、はしたなう、

源氏
かざしける 心ぞあだに おもほゆる 八十氏人に なべてあふひを
かざしける こころぞあだに おもほゆる やそうぢびとに なべてあふひを

女は、「つらし」と、思ひ聞えけり。

典侍
くやしくも かざしけるかな 名のみして 人だのめなる 草葉ばかりを

と、聞ゆ。



今日も、物見の、車が、隙間無く、立て込んでいる。
馬場の、大殿の辺りで、車の立て場に困り、上達部たちの車が多くて、騒がしいものだと、源氏が言い、躊躇っていると、相当な女車で、沢山乗り込んでいる間から、扇を差し出して、君の、車の御供を呼び寄せる。
ここにお立ちになりませんか。場所を差し上げましょうと、女車からの声である。
源氏は、どんな物好きかと、思う。
場所も、程よい所なので、車を引き寄せる。
源氏は、こんなに良い所を、どして取られたのかと、羨ましいと、言うと、風流な扇の端を折って、

女車
はかないことです。すでに、外の人が、かざしている葵とは、知りませんでした。神の許す、今日の日を、待っていたとは。

注連縄の内には、とても、入れませんと、書いてある、筆跡を見て、源氏は、思いだした。
あの、典侍である。
呆れたことだ。年甲斐も無く、若い気でいると、憎らしくなり、素っ気無く、

源氏
私だけはなく、沢山の人に逢うつもりで、葵をかざしていた。その浮気な心は、当てにならないでしょう。

女は、恨めしいと思い、申し上げる。

典侍
葵、逢う日という名だけで、人に、空頼みさせる、草葉に過ぎないものを、悔しいことです。信じきり、かざしていたなんて。
と、申し上げる。



人とあひ乗りて、簾をだに上げ給はぬを、心やましう思ふ人多かり。「一日の御有様のうるはしかりしに、今日はうち乱れてありき給ふかし。誰ならむ。乗り並ぶ人けしうはあらじはや」と、おしはかり聞ゆ。
「いどましからぬかざし争ひかな」と、さうざうしくおぼせど、かやうにいとおもなからぬ人、はた、人あひ乗り給へるにつつまれて、はかなき御いらへも、心安く聞えむも、まばゆしかし。



誰かと、相乗りして、御簾をさえ上げないことを、妬ましく思う人が多い。
先日の、ご様子が、威儀正しいものだったのに、今日は、気楽に、お出歩きされる。誰だろうか。並んで乗っている人は、不美人ではあるまい、と、典侍は、推察するのである。
張り合いの無い、言い合いだと、物足りなく思うが、このような、厚かましく言わないのは、やはり、誰か、相乗りして、憚られるので、ちょっとした、返答も、気安く言うのは、きまり悪いに違いないと、典侍は、思う。

物語の、どうでもいい、話だが、話のツマとしては、面白い。



posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第9弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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