2008年12月20日

もののあわれ360

かかる事を聞き給ふにも、朝顔の姫君は、「いかで人に似じ」と深うおぼせば、はかなき様なりし御かへりなども、をさをさなし。さりとて、人憎くはしたなくもてなし給はぬ御気色を、君も、「なほことなり」と思しわたる。



このような、噂を聞かれるにつけ、朝顔の姫君は、決して、人の二の舞は、するまいと、心に深く決めているので、ちょっとした返事なども、しないのである。
かといって、憎らしいと、思われたり、間の悪い思いをさせたりすることのないように、気配りする。
君は、矢張り、たいしたものだと、思うのである。




大殿には、かくのみ定めなき御心を、心づきなしとおぼせど、あまり包まぬ御気色の、いふかひなければにやあらむ、深うも怨じ給はず。心苦しき様の御ここちに悩み給ひて、もの心細げにおぼいたり。珍しく、あはれと思ひ聞え給ふ。誰も誰も嬉しきものから、ゆゆしうおぼして、さまざまの御つつしみせさせ奉り給ふ。かやうなる程、いとど御心のいとまなくて、おぼしおこたるとはなけれど、とだえ多かるべし。




大臣家では、このような、浮ついた、源氏の心を、面白くないとは、思うが、余りにも、人目を憚らない様子が、言っても詮無いことと、大して、怨むこともない。
姫は、痛々しく、体の具合が悪く、苦しんでいるので、心細く思う。
君は、そういう姫の気持を、珍しいことだと、思いもし、また、愛しいとも思う。
どなたも、どなたも、嬉しいものの、恐ろしい思いもし、色々と、物忌みを、させるのである。
こうしている間に、いっそう、心の休む間も無く、なおざりにされているわけでもないが、他の方々へは、途絶えが多いことであろう。

心苦しき様
源氏の妻の、葵の上の、懐妊である。

妻の様子が、いつもと違うのに、珍しいと、思うのだが、源氏の最初の子は、藤壺が産んでいる。しかし、それは、誰も知らぬことである。
勿論、作者は、知っているから、源氏は、妻が懐妊して、苦しんでいることを、珍しく、あはれと思ひ聞え給ふ、という。つまり、自分の行状を知らずに、妻が懐妊して、苦しんでいるということである。

そういう状態なので、源氏は、他の女の所へは、行くことがない。
とだえ多かるべし、なのである。





その頃、斎院も下り居給ひて、后腹の女三の宮居給ひぬ。帝后、いとことに思ひ聞え給へる宮なれば、筋ことになり給ふを、いと苦しうおぼしたれど、こと宮たちのさるべきおはせず。儀式など、常の感わざなれど、いかめしうののしる。祭の程、限りあるおほやけごとに添ふこと多く、見所こよなし。人柄と見えたり。




その頃、斎院を辞めて、代わりに、后腹の女三の宮が、就任した。
陛下も、后も、格別に大事にしている宮である。
その特殊な身分になることを、大変辛く思うが、姫宮方の方では、適当な方がいないために、このようになったのである。
儀式など、普通の神事ではあるが、大変な騒ぎである。
祭りの折には、規定の行事の他に、付け加わることが多く、この上なく、立派な見ものである。
これは、斎院によるものと、思われた。

いかめしうののしる
大変な出来事。騒ぎである。




御祓の日、上達部など数定まりて仕うまつり給ふわざなれど、覚えことに、かたちある限り、下襲の色、うへの袴の紋、馬、鞍までみな整へたり。とりわきたる宣旨にて、大将の君も仕うまつり給ふ。かねてより、物見車心使ひしけり。一条の大路、所なくむくつけきまで騒ぎたり。所々の御桟敷、心心にし尽くしたるしつらひ、人の袖口さへいみじき見ものなり。




御祓、ごけい、の日は、上達部など人数が定まって、供奉されることになっているが、特に今回は、評判も良く、容姿の立派な人たちばかりであり、下襲、したがさねの色合い、袴の模様、馬や鞍まで、皆、立派に整えていた。
特別な、宣旨があって、大将である源氏も、供奉なさる。
そんなわけであり、前々から、見物の方々は、気を配っていた。
一条の大路は、隙間無く、恐ろしいまでに、混雑した。
あちらこちらの、桟敷や、思い思いに趣向を凝らした飾りつけなど。
女房達の、出だし衣の袖口までも、大変な見ものである。

女房達の、袖口とは、御簾の下から、わざと外に出して見せるものである。




大殿には、かやうの御ありきもをさをさし給はぬに、御ここちさへ悩ましければ、思しかけざりけるを、若き人々、「いでや、おのがどち引き偲びて見侍らむこそはえなかるべけれ。おほよそ人だに、今日のもの見には、大将殿をこそは、あやしき山がつさへ見奉らむとすなれ。遠き国々より、めこを引き具しつつもまうで来なるを、御覧ぜぬは、いとあまりも侍るかな」と言ふを、大宮聞しめして、「御ここちもよろしきひまなり。さぶらふ人々もさうざうしげなめり」とて、にはかにめぐらし仰せ給ひて、見給ふ。




大臣家では、このような外出も、ほとんど出ず、その上、気分も優れないので、考えもしなかったが、若い女房達が、どうでしょう。私達だけでも、こっそりと、参るというのは、見物の見栄えがしませんでしょう。ご縁の無い人でさえ、今日の物見は、まず、第一に、大将さまを、いやしい田舎者までもが、拝もうとしているとのこと。遠い国から、妻子を連れて、上がって来ているというのに、それを、正妻である、姫君様が、御覧にならないのは、あんまりです。と言うのを、大宮が、耳にされて、今日は、ご気分も、よろしい日です。お付の人々も、つまらなさそうだし、と、急に、おふれを出して、御覧になることになったのである。


はえなかるべけれ
忍んで行くのは、行った甲斐がない。
ぱっとしない。
はえ、とは、見栄えであり、面目である。
なかるべけれ、の、べけれ、は、推量、未然形で、見栄えがしないだろう。つまり、ぱっとしない、のである。

堂々と、物見に行きたいというのである。

今で言えば、有名芸能人が、路上パフォーマンスをするようなものである。

あやしき山がつさへ
山賎であり、山里に住む身分の賎しい者たち。
田舎のきこりなど、である。
いやしい田舎者たちである。

賎しい
身分の無い者である。

大宮
葵の上の母。桐壺帝の妹。



posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第9弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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