2008年12月19日

もののあわれ359



世の中変はりて後、よろづ物憂くおぼされ、御身のやむごとなさも添ふにや、軽々しき御しのびありきもつつましうて、ここもかしこも、おぼつかなさの嘆きを重ね給ふ報いにや、なほ我につてなき人の御心を、尽きせずのみおぼし嘆く。今はましてひまなう、ただうどのやうにて添ひおはしますを、今后は心やましう思すにや、うちにのみ侍ひ給へば、立ち並ぶ人なう心やすげなり。をりふしに従ひては、御遊びなどを好ましう世の響くばかりせさせ給ひつつ、今の御有様しもめでたし。ただ東宮をぞ、いと恋しう思ひ聞え給ふ。御後見のなきをうしろめたう思ひ聞えて、大将の君によろづ聞え給ふも、かたはらいたきものから、嬉しとおぼす。




この段は、源氏、21歳四月から、22歳の正月までの、話である。

桐壺帝が、朱雀帝に、譲位した。
御代の代わりである。
世の中が、代わり、何もかもが、物憂い、億劫になってしまた。
更に、昇進したために、身分に尊さが加わり、軽々しい、忍び歩きも、出来にくくなったのである。
ここかしこの、方々の心思いを、感じて、嘆きの数を積み重ねたせいでの、報いであろうか。
相も変わらず、つれない方の、心の模様を、嘆いているのである。
譲位後の、現在は、以前にも増して、間断なく、まるで普通の夫婦のようになっているのを、今后は、不快に思い、御所にばかりおいでになるため、競争する者がなく、気軽そうである。
よい機会があれば、管弦の御遊びなどを、世の評判になるほど、催されたりして、今の有様の方が、結構に拝されるのである。
ただ、東宮を大変に、恋しく思うのである。
守護役のいないのを、気がかりに思い、大将の君に、万事を依頼されるのにも、君は、内心、気の引ける思いがする、一方、嬉しいとも、思うのである。


少し説明する。
新しい帝は、源氏の兄宮である、朱雀帝である。
その、母后と、祖父に当たる、右大臣の勢力が、源氏にとっては、好ましくない、政治的状況になるのである。

次第に、物語は、複雑に展開してゆく。




まことや、かの六条の御息所の御腹の、前坊の姫宮斎宮に居給ひにしかば、大将の御心ばへもいと頼もしげなきを、「幼き御有様のうしろめたさにことづけて下りやしなまし」とかねてよりおぼしけり。




まことや、さて、とか、それでは、と、話を転じる時の言葉。
あの、六条の御息所を母君とする、前の東宮の、姫宮が斎宮の地位に就かれた。
御息所は、源氏の大将の気持も、まるで頼りになりそうもないと、姫君の、幼い様子が、気がかりであると、口実を作り、姫と、共に、伊勢に下ろうかと、思うのである。


六条御息所は、源氏の年上の愛人である。
源氏は、大将に昇格している。

下りやしなまし
まし、とは、推量の助動詞で、反実仮想の意味である。
や・・・まし、は、躊躇う気持を表す。
な、は、完了の、ぬ、の、未然形で、強意の意味になる。

下り や しな まし、となる。


院にも、「かかる事なむ」と聞しめして、院「故宮のいとやむごとなくおぼし、時めかし給ひしものを、軽々しうおしなべたる様にもてなすなるが、いとほしきこと。斎宮をも、この御子達のつらになむ思へば、いづかたにつけても、おろかならざらむこそよからめ。心のすさびにまかせて、かくすきわざするは、いと世のもどき負ひぬべき事なり」など、御気色あしければ、わが御ここちにも、げにと思ひ知らるれば、かしこまりて侍ひ給ふ。「人のため恥ぢがましき事なく、いづれをもなだらかにもてなして、女の恨みな負ひそ」と宣はするにも、「けしからぬ心のおほけなさを聞しめしつけたらむ時」と恐ろしければ、かしこまりてまかで給ひぬ。




桐壺院も、こんな事情があると、聞いて、前の東宮が、御息所を大変な大切な人として、寵愛されたのに、それを、軽々しく、並の人のよう扱っているということであるが、気の毒なことではないか。斎宮のことも、私の皇女たちと、同列に思っている。いずれにしても、粗末にせぬほうがよい。気まぐれに、このような、好き事をすることは、たいそう、世間の批難を浴びるものである。などと、仰せられ、院のご機嫌が悪いので、源氏は、そうだと、納得されるので、恐縮して控えている。
人の体面を、傷つけるようなことなく、角の立たないような扱うべきであり、女の恨みを、受けないように、しなさいと、仰るのである。
源氏は、人の道から外れた、藤壺に恋する心の、大それた気持を、万一、院がお聞きになったらと思うと、その時は、恐ろしいと、思い、恐縮して、退出された。


いづれをも、なだらかに、もてなして
いずれにしても、穏やかにして、もてなす、とは、取り計らう、取り扱う、世話をする、振舞う、もてはやす、ご馳走する、などの意味がある。
この場合は、男女の関係に対しての、なだらかに もてなして、である。

女の恨みな負ひそ
実に、面白い。
女の恨みを買うな、である。
負ひそ、の、そ、は、な、よりも、弱い表現である。
しかし、恨みな、と、な、を、つけて、後に、そ、で、終わる。
これは、日本人の、言い回しである。
深読みすると、女の恨みをかっては、いけない、と強いのだが、出来れば、買わないようにした方が、いいのですよ、と、最後に、柔らかく終わるのである。

何とも、微妙繊細である。

けしからぬ心
異しからぬ、と、書く。
異なこと、異常なこと、合点がいかないこと。

現代でも、けしからんと、怒ることがある。
怪しからんと、書くこともある。
それは、怪しいことなのである。

おほけなさ
身の程知らず、身分に合わない行為である。

源氏は、兄の、桐壺帝に、我が心を知られると、恐ろしいことだと、思うのである。




又かく院にも聞しめし宣派するに、人の御名もわがためも、すきがましういとほしきに、いとどやむごとなく、心苦しき筋には思ひ聞え給へど、まだあらはれては、わざともてなし聞え給はず。女も、似げなき御年の程を恥づかしうおぼして、心とけ給はぬ気色なれば、それにつつみたる様にもてなして。院に聞しめしいれ、世の中の人も、知らぬなくなりにたるを。深うしもあらぬ御心の程を、いみじうおぼし嘆きけり。



また、このように、御息所との関係を、知られて、諌めの言葉を述べるにつけて、御息所の名誉に関しても、自分のためにも、いかにも、色好みの行動であると、思われて、御息所が、気の毒でもある。
それは、大そう、大切なことで、今のまま、気の毒であると、申し上げているが、まだ、公に、きちんとした結婚の形を取らないでいる。
御息所も、不釣合いな、年の違いを、きまり悪く思い、源氏に打ち解けない様子である。
源氏は、その気持に、遠慮しているという風に、振舞われていて、その二人の関係が、院の耳にも入り、世間の人も、知らぬ者はないという状況である。
源氏の気持が、深くないということを、御息所は、大変、嘆いているのである。


それぞれの、心境を描くが、訳すのは、本当に、面倒なところである。

似げなき御年のほどを
似げなき、とは、相応しくないという意味。
御息所は、29歳であり、源氏は、21歳である。

源氏自身、好色の男と、思われることは、云々と言うが、実際、行っていることは、好色である。
何故、作者は、源氏に、そのように思わせるのか。
源氏は、自分の行為を、どのように、把握しているのかを、解っていないと、説明するようである。

好色ののせに、私は、好色ではないと、思っている男という、イメージである。
としたら、源氏という、男、とんでもない、男である。
その、身分を利用しての、好色の行為の数々を、何とする。

これは、当時の、貴族社会の、有様を、源氏を通して書いているのである。

紫式部の嫌うところの、男の、好色、好き者の、行為を、源氏に、集中させているのである。
当時の、貴族社会の、男達に対する、徹底した、批判である。



posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第9弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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