2008年12月17日

神仏は妄想である 182

神はいない。
何ら、救済者の存在を期待しないという、ジャイナ教である。

修行により、業の束縛が解かれ、微細な物質が、霊魂から離れる。それを、止滅と呼ぶ。

その結果、罪悪、汚れを滅ぼした、完全な智慧を得た人は、「生も望まず、死をも欲せず」なのである。

つまり、現世も、来世も、願うこと無しである。

この境地を、解脱、寂静、ニルヴァーナと、呼ぶ。
身体の壊滅とともに、完全な解脱が、完成するというのである。

その後、成立した、解脱観には、身体が死すると、解脱した霊魂は、本来有する、上昇性を発揮して、上方に向かい、世界を脱して、非世界に至る。そして、霊魂は、本性において現れて、絶対の安楽が得られると、なる。これが、真の解脱である。

私の解釈を、すれば、宇宙の外に出るということである。

上記は、すべて、観念である。

これは、大乗仏教に大きな影響を与えた。
微妙に相違は、あるが、非常に大乗に近いものがある。
釈迦仏陀の教えにも、近い。

さて、その信者である。

厳重な修行は、在家信者の行うことの出来ないものである。
信者は、因果応報の理を信じ、高僧の教えに従い、道徳的、正しい生活をすること。
それによって、死後、神々の世界に達して、楽しい生活が出来るという。

ただし、在家の信者にも、不殺生戒の厳守を要求する。
信者は、農業あるいは、一般的に、生産に従事せずに、職業として、商業を選ぶ。
従って、ジャイナ教は、商業、特に、金貸し、販売に従事することになる。

正直で、信用もあり、富裕層に内に入った。
19世紀まで、インド資本の、過半数は、インド人口の、0,5パーセントにすぎない、ジャイナ教徒の手中にあったといわれる。

ジャイナ教は、宗教と、資本主義の、関係において、問題提起する、インド最初の、事例であると、いわれる。

それでは、初期、原始仏教、つまり、釈迦仏陀は、いかなる方法をとったのか。

ゴータマは、当時の思想界において、本質的に相容れない種々の哲学説が、互いに相対化し、矛盾し、抗争している事実を注視し、反省した。「或る人々が「真理なり、真実なり」というところのその、「見解」をば、他の人々は「虚偽なり、虚妄なり」という。かくのごとく、かれは異なれる見解をいだいて、互いに論争をなす」しかし人がいずれか一つの哲学説の立場から離れて、この思想史的現実を、客観的・通観的視点から眺めるならば、それらは互いに対立・抗争しているという点において、いずれも相対的・一方的である。
中村元 インド思想史

そして、釈迦仏陀が、取った行動は、結局解決しない、形而上学的問題についての、論争などに、関わらない。
更に、無意味である、無意義であるとして、論争に加わらないのである。

かれは一つの立場に固守して他の者と争うことがない。かれは種々の哲学説がいずれも特殊な執着にもとづく偏見であることを確知して、そのいずれにもとらわれず、みずから省察しつつ、内心の寂静の境地に到達しようとした。かれはみずから真実のバラモン「つとめる人」沙門となる道を説くのだと標榜していた。仏教はどこまでも人間の生きるべき道を明らかにしたのであり、この道またはきまりを法、ダルマとよんだ。
中村元

大乗仏典が、書かれて以降、上記にある、当時の思想界のような、状態になる。
仏教に関してである。

それを否定した釈迦仏陀の、仏教が、そのようになるという、皮肉である。

これが、唯一の、これが、真理である、これが真実である、等々である。
しまいに、仏典の一つを、もって、真理ありだの、甚だしくは、仏典の一説を持って、これが、唯一の道などと、ほざくのである。

何度、繰り返してもいいと、思うので、釈迦仏陀の、原始仏教を、もう少し見る。

その前に、私は、釈迦仏陀という、釈迦族のことを言う。
仏陀が、出た、釈迦族は、仏陀の目の前で、滅ぼされている。

つまり、仏陀が、そのまま、城にいれば、確実に殺されていた。
出家をしたことにより、仏陀は、その滅びから、免れている。

誰も、このことを言わないので、言っておく。

滅ぼされる因縁のある、釈迦族に生まれたのが、釈迦仏陀である。
確かに、二度、仏陀は、その軍勢を止めている。しかし、三度目は、止められなかった。
何故か。
かれ自身の、因果の法で、解釈すればいい。

生老病死は、苦であると、観たのである。
生まれることも、老いることも、病気になることも、死ぬことも、苦である。
つまり、人生は、苦であるということである。

苦とは、自己の欲するがままにならないこと、であるという。
ということは、生まれたことも、思うに任せなかったということである。つまり、生まれたくなかった。
これに対して、私は、きっぱりと、明らかに言う。
人は、生まれたくて、生まれてきた。
生まれたことが、苦である、思うようにいなかかったというのは、傲慢不遜であり、釈迦仏陀も、悟れなかったという、こと、明々白日である。

私は、10歳の年、夏のある日、明確に、生まれたくて、生まれてきたと、感得した。
それは、悟りか。
悟りでもないでもない。私の感性である。

人生は、私の欲するままにならないものである、ということである。
つまり、成功したなら、それは、嘘である。
欲するままに、ならないのが、人生なのである。

何一つとして。

そのように、人生を捉えるのである。

さて、ここで、下世話な話である。
私の父が、七十を過ぎて、癌になった時、私は、病室で、父に、父さん、そんなに生きなくてもいい、こんな世の中に、長くいることはないと、言った。周囲の人は、騒然とした。
また、唖然としたようである。
一日でも、長く生きてと、言うと、思ったようである。

父は、お前が、本当のことを言うから、俺は、目が覚める。そこで、もう少し、生きることにしたと、言うのである。
俺は、生きてみる、と。
そうして、82歳まで生きた。

「ああ短いかな、人の生命よ。百歳に達せずして死ぬ。たといさらに長く生きるとしても、また老衰のたるに死ぬ」
上記は、仏陀の言葉であるが、本当は、お笑いである。
仏陀が言ったというから、神妙になるが、実に、お笑いである。

癌が完治した。それでも、人は、死ぬ。

父さん、10年長く生きたところで、どうなるものでもないと、私。
お前が、見舞いに来ると、目が覚めると、父は、言う。

俺は、生きると、三度も、手術を受けて、生き延びた父は、矢張り、死んだ。
本当に、十年長く生きてしまった。

そして、その、10年長く生きて、一番恩恵を受けたのは、父ではなく、私であった。

季節ごとの、海や山の幸を、私は、定期的に送ってもらい、いつも、食卓には、北の他の食べ物があった。

早く死んでも、いいものをと、思い、見ていたが、あらまーと、生きて、最後に、静かに、くたばった。

人生は、苦である。
そう、釈迦仏陀は観た。
それは、仏陀の観たものである。

人それぞれ、観るものは、違う。
喜怒哀楽。
それから、一つ取り出して、人生は、喜びである、怒りである、哀しみである、楽であると、言ってもいい。
お好きな方を、どうぞ、である。

釈迦仏陀も、
私に言わせれば、死ぬまでの、暇潰しをしたのであり、それも、また、良きことである。

あまり、力まない方が、身のためである。



posted by 天山 at 00:00| 神仏は妄想である。第4弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。