2008年12月15日

神仏は妄想である 180

リグ・ヴェーダに対する、懐疑論者が現れ、それにより、哲学的といえる思想の芽生えがある。

最初は、神々の個性が曖昧である、区別が判然としない。
更に、神々は一つの神の、異名にほかならない。

ただ一つのものが、広がりて、この世のすべてとなりぬ

そして、懐疑論者は、多くの人はいう、インドラは存在せずと。誰かれを見し。われらは誰をか讃えん、である。

恐ろしき神につき人は問う、かれはいずこに在りやと。人は答えていう、-――かれは存在せず。

そして、思索がはじまった。

神々を超越した、根源的な世界の原理についてである。

リグ・ヴェーダの中にも、哲学讃歌とよばれるものがあり、世界原理を想定して、多様な現象世界を成立させるものを、説明しようとしている。

おおよそ、二つに分けられた。
一つは、宇宙創造であり、一つは、出生を司るもの、である。

中でも、特徴的なものは、祈祷主神の登場である。
ヴェーダの、ブラフマンを司る神として立てられたものが、世界創造神にまで、高められた。
そして、万有の唯一なる主宰者となるのである。

リグ・ヴェーダの神が、一神教であるが、原人は、汎神論である。

原人は、千頭、千眼、千足あり、既存、未存の一切である。
四分の三は、天にあり、不死である。
神々が、かれを犠牲獣として祭式を行うと、讃歌や、祭祀が生じ、馬、牛、羊など、畜類が生じ、その口からは、バラモンが、その両腕から、王族が、両股から庶民が、両足から、奴隷が生じた。
太陽は、その眼から、インドラとアグニ、火の神とは、口から、風神は呼吸から生じた。臍の緒から天空が、頭から、天界、足から、他界、耳から方位が生じた。

有にあらず、無に非ざるもの、として説く讃歌において、汎神論は、頂点に達した。
そして、天地創造を行い、神々も、宇宙の展開より後に、現れたという。

そして、更に、言葉を、最高原理とする、思想も現れた。
ことば、は太初において、原水から生じたものである。
あらゆる神々の保持者である。
自分が、欲する者を、バラモン、仙人、賢者とも為す、という。

ことばの、本性は、経験的知覚の領域を、超越して、見つつある多くの人々も、実はことばを、見ざりき。聞きつつある多くの人々も、これを聞かずと、ある。

未来生を見れば、肉体は死とともに滅びるが、霊魂は不滅である。
その楽土は、死者の王、ヤマの支配する王国であり、最高天にあるとする。
後に、このヤマは、仏教の、閻魔、夜摩天となる。

天界に達するためには、祭祀を行わなければならない。
他人に対する布施、特に、バラモンに対する、布施が称賛される。
種々の誓いをたもち、苦行を行うべきである。

悪人に対する、死後の審判は、未だ、不明瞭である。

明確な、地獄の観念は、説かれていない。

上記、これが、後々に、カースト制を、生む基盤になるのである。

西暦前1000年頃から、アーリヤ人は、ジャムナー河と、ガンジス河の、中間の肥沃な平原を占領した。

司祭者を中心とした、氏族制農村社会を、確立し、孤立的、閉鎖的な経済生活を営み、バラモン教の文化を完成させるのである。

後の、インドに広範囲に渡り、影響を及ぼすことになる。

職業は、世襲制になり、四姓の制度が成立する。
バラモン、王族、庶民、隷民である。

更に、後世になると、多数のカーストが成立し、異なる階級の間では、結婚や、食事を禁止され、若干のカーストは、不浄とされた。
バラモンは、以後、三千年あまり、インド文化を、保持する。

悪名高いバラモン教の、カースト制である。

更に、ヴェーダが発展し、聖典製作が行われる。
リグ・ヴェーダは、勿論、サーマ・ヴェーダとは、歌詠の集成である。ヤジュル・ヴェーダは、祭詞の集成。アタルヴァ・ヴェーダは、呪詛などの、集成である。これが、後に、密教に混合される。

更に、各ヴェーダに、付随するものとして、ブラーフマナ、アーラニカ、ウパニシャッドが出来る。
上記を、総括して、広義の、ヴェーダとなし、天啓文学を人間の著作とは、見なさず、それは、永遠の存在であり、聖仙が、神秘的霊感によって、感得した啓示としている。

西暦前1000年から、西暦前500年までに、順次作製された。

作製したのは、人間であり、人間の創作である。

それぞれについて、説明していると、次に進まないので、以上にする。
この、ヴェーダ成立後の頃、釈迦仏陀が、歴史に登場する。

更に、釈迦仏陀と共に、多くの思想家も登場する。
ヴェーダの宗教が、単なる、迷信であると、判定する者も、現れた。

新しい時代の、動きに、唯物論者、懐疑論者、快楽論者、運命論者等々が、現れるのだ。
更に、出家して、禅定をする者も、多数。

この時代に、現れた人々を、沙門、「つとめる人」と称した。
当時は、言論統制など無い故に、何を言っても、殺されるということがなかった。

ただし、この時代に、現れた諸説は、インド一般では、異端とみなされる。
それは、ヴェーダを否定したからである。
当時、その代表的な人物が、六人いたことで、六師と呼ばれた。

勿論、釈迦仏陀の、集団も、異端の一つであった。

ここでも、一つ一つを、説明していられないので、特徴的なことを、挙げる。

サンジャヤの懐疑論である。
来世が存在するか
もしもわたくしが「あの世は存在する」と考えたのであるならば「あの世は存在する」とあなたに答えるであろう。しかしわたくしはそうだとは考えない。そうらしいとも考えない。それとは異なるとも考えない。そうではないとも考えない。そうではないのではないとも考えない
彼は、常に、意味の把握できない、曖昧な答弁をして、確定的な返答をしなかった。
ここで、形而上学的問題に対する、判断停止の思想が、はじめて、明らかになったという。

当時、インド、マガダの首都、王舎城に住み、釈迦仏陀の、二大弟子である、サーリープトラと、モッガラーナも、サンジャヤの弟子だった。
後に、同門250名を、引き連れて、釈迦仏陀に帰依する。

ここで、面白いのは、仏教と共に、発展した、ジャイナ教である。

六師の一人、ニンガタ・ナープッタである。
ニンガタとは、彼より以前に、古くから存在した宗教の、一派の名である。
彼が、この一派に入門して、悟り、その説を改良し、ジャイナ教が成立した。

ちなみに、悟りを得てから、偉大なる英雄、マハーヴィラと、尊称された。

この、ジャイナ教の、伝説である。
彼が、世に現れるまでに、23人の、救世主が現れ、第23祖を、パーサと呼び、マハーヴィーラは、24祖に当たるという。

正統バラモン系以外の宗教として、仏教と共に、発展した。

特徴的な考え方は、相対主義である。
事物に関して、絶対的、あるいは、一方的な判断を下しては、いけないというもの。
事物は、実体、または、形式という点から見ると、常住であると言い得る。同時に、状態、内容という点から、見ると、無常であると言い得るという。
すべては、相対的に言い表し、相対的に解するべきである。

不定主義、つまり、相対主義である。

さて、このジャイナ教の、上記の伝説などは、大乗経典に影響を、与えたと思われる。

要するに、仏教、初期仏教と共に、次第に、教義として、成立してゆく様を、見ることなのである。



posted by 天山 at 00:00| 神仏は妄想である。第4弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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