2008年12月09日

もののあわれ349

典侍
君しこば 手なれの駒に 刈り飼はむ さかりすぎたる 下草なりとも

といふ様、こよなく色めきたり。

源氏
笹分けば ひとやとがめむ いつとなく 駒なつくめる 森のこがくれ

わづらはしさに」とて、立ち給ふを、ひかへて、典侍「まだかかる物をこそ思ひ侍らね。今更なる身の恥になむ」とて、泣くさま、いといみじ。
「いま聞えむ。思ひながらぞや」とて、引き放ちて出で給ふを、せめておよびて、典侍「橋柱」とうらみかくるを、上は御うちぎはてて、御障子よりのぞかせ給ひけり。




典侍
あなたが来てくださるなら、お馬のために、草を刈っておきましょう。盛りすぎ、若くもない、下草ですが。

という様は、色気たっぶりである。

源氏
森の、木隠れの笹を分け入っていったら、誰に叱られるのだろう。色々な馬が立ち寄って行くらしいのだから。

それが、煩わしいので、と、言い捨てて、お立ちになろうとすると、引き止めて、典侍は、今まで、こんな目に、遭ったことは、ありません。この年になって、恥でございますと、激しく泣いた。
源氏は、それでは、すぐに便りをします。いつも、気にかけていますよと、袖を振り払って出ようとするのを、強いてすがり、橋柱でございます。つまり、年を取ったこの身が悲しい、恨み言を言っているのを、お召し替えされた帝が、襖の隙間から、覗いていらしたのである。


江戸時代まで、いや、明治期まで、三十代になると、年増と言われた。
源氏は、十八か、十九であるから、三十女は、年増であろうし、平安ならば、確実に、そうである。

今なら、年上の女との、付き合いである。それも、相手は、五十歳以上である。
当時の感覚ならば、ひぇー、であろう。

確かに、二十代と、六十代が、恋愛しても、おかしくない。恋に年齢は、関係ないのである。




「似つかはしからぬあはひかな」と、いとをかしうおぼされて、主上「すき心なしと、常にもてなやむめるを、さはいへど、過ぐさざりけるは」とて、笑はせ給へば、内侍は、なままばゆけれど、憎からぬ人ゆえは、濡れ衣をだに著まほしがるたぐひもあなればにや、いたうもあらがひ聞えさせず。人々も、「思ひの外なることかな」とあつかふめるを、頭の中将聞きつけて、至らぬ隈なき心にて、まだ思ひよらざりけるよ、と思ふに、つきせぬこのみ心も、見まほしうなりにければ、語らひつきにけり。




帝は、浮気心は、無いと、常々、女房達が、心配していたが、やはり、そうでもなかったと、笑う。
典侍は、酷くきまりが悪いが、可愛い人とならば、濡れ衣さえも、厭わないと、その類なのであろうと、弁解もしない。
それを、人々も聞きつけて、意外なことと、噂するのを、頭の中将が、聞きつけて、随分と、まめに気を配るほうだが、そこまでは、気づかなかったと、思うにつけ、幾つになっても、衰えない、典侍の男好きも、試してみたくなり、とうとう、懇意になった。


何か、滑稽な感じがする段である。

なままばゆけれど
非常に、きまり悪い気持である。

だが、源氏のような人と、濡れ衣を着せられても、いいと思う。しかし、濡れ衣どころか、関係を持つのである。

現在の、濡れ衣という意味合いと、微妙に違う。

ぬれぎぬ
根拠の無い、噂、決定事項のように、思われるが、ここでは、嘘でも、本当でも、噂されることの、心の有り様である。

好きな人との、関係を、詮索されるのは、厭わしくないのである。ましてや、相手は、光源氏である。




この君も、人よりはいと異なるを、「かのつれなき人の御なぐさめに」と思ひつれど、「見まほしきは限りありけるを」とや。うたての好みや。


この、頭の中将の君も、人よりも、勝れた方なので、あの薄情なお方の代わりにと、思うのだが、本当に逢いたい人は、お一人のみとか。
困った、物好きです。

これは、作者の注釈である。
また、作者の、批判である。




いたう忍ぶぶれば、源氏の君はえ知り給はず。見つけ聞えては、まづうらみ聞ゆるを、よはひの程いとほしければ、「なぐさめむ」とおぼせど、かなはぬもの憂さに、いと久しくなりにけるを、夕立して、名残涼しき宵のまぎれに、温明殿のわたりをたたずみありき給へば、この内侍、琵琶をいとをかしう弾き居たり。御前などにても、男方の御遊びに交じりなどして、殊にまされる人なき上手なれば、ものうらめしう覚えける折から、いとあはれに聞ゆ。典侍「瓜作りになりやしなまし」と、声はいとをかしうて謡ふぞ、少し心づきなき。「がく州にありけむ昔の人も、かくやをかしかりけむ」と、耳とまりて聞き給ふ。弾きやみて、いといたう思ひみだれたるけはひなり。君、あづまやをしのびやかに謡ひて、寄り給へるに、典侍「おし開いて来ませ」と、うち添へたるも、例にたがひたる心地ぞする。




それは、大変、秘密にしていることで、源氏も、知らなかった。
典侍が、源氏を見つけると、早速、恨み言を言うので、あの年になって、気の毒でもあり、慰めてやろうと、思うが、都合もつかず、気も進まない。
たいぶ、日にちも経ち、夕立が起こった後、涼しくなった夕暮れに、目立たぬように、温明殿、うんめいでん、の、あたりを、そぞろ歩きしていると、この典侍が、琵琶を大そう見事に、弾いている。
帝の御前などでも、男達の御遊びの中に加えられ、右に出る者がいなほどの、名手である。
何となく、世の中を、恨めしく思う時だったので、その音が、非常に身に染みて、感じられる。
瓜作りになりやしなまし、と、声は、若々しく謡が、少し気に食わない気もする。
昔、白楽天の愛でたという、がく州の女とやらも、こんな風情だったのかと、耳を止めて、お聞きになる。
弾き終わると、なにやら、思い乱れている様子。
君は、あずまや、を、小声で、謡い、部屋に近づくと、典侍は、おし開いて来ませと、声を掛けるのが、普通の女と、違っている気がするのである。


典侍が、弾くのは、催馬楽、山城という、歌である。

がく州というのは、白氏文集感傷で、古い調子の詩である。

あづまやを しのびやかに謡ひて
あづまやとは、催馬楽の、東屋である。
以下、その歌詞。

あづまやの まやのあまりの その雨そそぎ われ立ちぬれぬ
殿戸ひらかせ かすがひも 戸ざしあらばこそ そのとのど われささめ
押し開いて来ませ われや人妻

何とも、危険な、遊びの歌であろうか。



posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第9弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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