2008年12月05日

もののあわれ345

いみじう思ほしかしづくこと限りなし。源氏の君を限りなきものにおぼし召しながら、世の人の許し聞ゆまじかりしによりて、坊にもすえ奉らずなりしを、あかず口惜しう、ただ人にてかたじけなき御有様かたちにねびもておはするを御覧ずるままに、心苦しくおぼし召すを、かうやむごとなき御腹に、同じ光りにてさし出で給へれば、疵なき玉と思ほしかしづくに、宮はいかなるにつけても、胸のひまなく、やすからずものを思ほす。




帝は、実に大切に、若宮を、お世話すること、このうえもない。
源氏の君を、この上もなく、大切な子供と考えながらも、世の人が、許さなかったので、春宮にも、立たせなかったことを、不満であり、残念なことだと、思い、家臣の身分としては、勿体無いほどの、姿、顔立ちに成長されたことを、見るに付け、可愛そうだと思う。
今度は、高貴な方を、母として生まれ、源氏と同じように、光り輝く有様の、皇子が誕生したので、疵なき玉、つまり、完全無欠の宝として、大切にお育てになるのである。
藤壺の宮は、その帝の思いに、何事につけても、心の晴れる時がなく、後ろめたい思いで、悩んでいる。


ここでは、帝の思いと、藤壺の思いが、語られている。
源氏の母は、身分が低いことにより、皇太子としての、位置を、上げられなかった。しかし、藤壺は、前帝の、第四子であるから、身分が高い。ゆえに、その子は、身分の高い者となる。
これは、万葉時代からの、伝統的考え方である。
母の身分が、子供の身分となるのである。

帝が、我が子を、大切にする様を見て、藤壺は、心を痛める。つまり、源氏の子を宿したという、意識である。
ここで、簡単に、現代の研究家たちは、それを、罪の意識というが、果たして、現代流に考えてもよいものかと、疑問を投げる。

紫式部は、源氏の子供だと、書くのであり、誰の子か解らないと、書かない。
源氏の子であるということで、物語を書き続けるのである。

当時、誰の子か、解らない人は、大勢いた。だから、母の身分、つまり、産み落とした女の身分に従って、その子の身分を決めたのである。

作者が、源氏の子であると、決めているから、罪の意識と、推測するが、果たして、当時の、罪の意識とは、どんなものか。

これは、子を産んだという罪の意識ではなく、帝の后である女が、帝の息子と、契ったことに、何かの通常ではない、意識が芽生えたと、考えるのである。

夫の、息子と、契ったということが、藤壺の苦しみを、作ったと、作者は、想定して、物語を、進める。

この時期は、仏教のみならず、儒教や、道教の教えも、輸入されて、大和の人々の間に、広がっていた。

例えば、夫の息子と契って、子を産むことの、何が悪いのだというと、どうだろうか。初めから、罪の意識などなければ、そんなものはない。
そこで、源氏物語によって、それは、罪の意識であると、提唱されたのか、それとも、紫式部が、そのように、それは、悪いことであり、悩むことであり、後ろめたいことであると、定義したとしたならば、どうだろうか。

何を言いたいのかといえば、意識というものも、作られてゆくということである。

そして、意識の固定化となる。
その意識の固定化を、因縁という、名で呼ぶ場合もあるのだ。
このことについては、また、別の機会に書くことにする。




例の中将の君、こなたにて御遊びなどし給ふに、抱き出で奉らせ給ひて、主上「皇子たちあまたあれど、そこをのみなむ、かかる程より明け暮れ見し。されば思ひわたさるるにやあらむ、いとよくこそおぼえたれ。いとちひさき程は、皆かくのみあるわざにやあらむ」とて、いみじくうつくしと思ひ聞えさせ給へり。中将の君、面の色かはる心地して、恐ろしうも、かたじけなくも、うれしくも、あはれにも、方々うつろふ心地して、涙おちぬべし。物語りなどして、うち笑み給へるが、いとゆゆしううつくしきに、わが身ながら、これに似たらむはいみじういたはしう覚え給ふぞ、あながちなるや。宮は、わりなくかたはらいたきに、汗も流れてぞおはしける。中将は、なかなかなる心地の、かきみだるやうなれば、まかで給ひぬ。




いつものように、源氏の中将が、藤壺の宮の部屋で、管弦の遊びをされる。
その時、帝が、若宮を、抱いて、お出ましになった。
皇子たちは、沢山いるが、そなただけを、このくらいの時から、明け暮れに見たものだった。そういうわけで、思い出すのか、若宮は、たいそう、よく似ている。小さなうちは、皆こんな風なのかと、言う。
若宮を、大変可愛らしいと申している。
それを聞いて、源氏は、顔色が変わるような心地がする。
恐ろしくも、父の言葉が、もったいなく、自分の子は、可愛いのは、嬉しいが、悲しくもあり、様々に気持が、揺れて、涙が、今にも、こぼれそうになる。
若宮が、片言に、何かを言い、笑う様が、非常に可愛らしいので、自分のことながら、この子に似ているとしたら、自分を大切にしなければならないとも、思うのは、自己中心の考えである。
藤壺の宮は、いたたまれない気分で、汗が流れる。
源氏は、心乱れてくるので、宮中を、退出した。


非常に難しい部分である。
帝の気持と、源氏の気持と、藤壺の気持が、入り乱れている。

更に、作者の考えも入るという。
源氏が、若宮に似ているということで、自分を大切にしようなどと思う気持は、自己中心だとは、作者の思いである。

いたましう覚えたまふぞ、あながちなるや
いたわしく思う気持は、勝手な思いであると、作者は、書くのである。

紫式部は、自分が、最も嫌いな男を、主人公にして、物語を書いたのである。
その、美しさも、好色、好き者も、紫式部が、最も嫌いなものである。

最後まで、源氏の具体的な、美しさを、書かないところが、ミソである。
糞ではない。

更に、深読みすれば、若宮は、疵なき玉であり、源氏は、疵ある玉である。
つまり、身分の低い母から、生まれている。
しかし、若宮は、身分の高い母から、生まれている。

この、エロの主人公の、悲劇は、それである。
美しいが、身分が低く、疵があるという。

これは、痛烈な批判である。
紫式部は、当時の、平安貴族の、退廃した、その生活を徹底的に批判しているのである。

人生は、もっと、峻厳なものである。
それは、紫式部日記を、読めば解る。
再度、その日記を、読んで欲しい。

日本人の心の、原風景を、知るならば、万葉集を。
日本人の精神の意識化を、知るならば、源氏物語を、深読みすることである。




posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第9弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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