2008年11月26日

もののあわれ337

紅葉賀の段に入る。
源氏、18歳の秋から、19歳の秋である。

朱雀院の行幸は、十月の十日あまりなり。世の常ならず、面白かるべき度のことなりければ、御方々、物見給はぬ事を口惜しがり給ふ。上も、藤壺の見給はざらむを、あかずおぼさるれば、試楽を御前にてせさせ給ふ。



朱雀院への、行幸は、十月、神無月の、十日すぎである。
この度は、特別の、催しがあるとのことで、
お妃たちは、見物の叶わぬことを、残念がっていた。
お上も、藤壺が、御覧になれないことを、不満に思し召し、試楽、しがくを、宮中で、行わせる。



源氏の中将は、青海波をぞ舞ひ給ひける。片手には大殿の頭の中将、かたち用意人には異なるを、立ち並びては、なほ花の傍の深山木なり。入りがたの日影さやかにさしたるに、楽の声まさり、物の面白き程に、同じ舞の足踏みおももち、世に見えぬさまなり。



源氏の中将は、青海波をお舞になった。お相手は、左大臣家の頭の中将である。
器量といい、物腰といい、並々の方ではないのだが、源氏の君と、立ち並ぶと、花の傍らの、深山木のようだ。
入日の輝きの中に、音楽が、美しく響き渡り、感動がいっそう深いものになる。
同じ舞でも、今日の足拍子や、お顔つきは、この世のものとは、思われない様子。

入りがたの日影さやかにさしたるに
美しい言葉である。
原文のままが、いい。

清かに、射すのである。
日の光が、清らかに射すというのは、ただ、感じ入るしかない。




詠などし給へるは、これや仏の御迦陵頻伽の声ならむ、と聞ゆ。面白くあはれなるに帝涙をのごひ給ひ、上達部皇子たちも、みな泣き給ひぬ。詠はてて、袖うちなほし給へるに、侍ちとりたる楽のにぎははしきに、顔の色あひこまさりて、常よりも光ると見え給ふ。東宮の女御、かくめでたきにつけても、ただならずおぼして、「神など、空にめでつべきかたちかな。うたてゆゆし」と宣ふを、若き女房などは、心憂し、と、耳とどめけり。



詠唱される声は、これこそ、御仏の、かりょうびんが、の、お声であろうかと、思われる。
あまりの、素晴らしさに、陛下が、落涙され、公卿や皇子たちも、皆、お泣きになった。
詠唱が終わり、袖を通すと、それを待っていた音楽が、再び、賑やかに鳴り渡る。
源氏の顔の、色合いは、いつもより、更に、光り輝いて見えるのである。
東宮の女御は、このような、立派な様子に、妬ましく思う。
神などが、空から魅入りそうな様子、気味が悪いほど、と、仰るのを、若い女房たちは、嫌なことだと、聞きとがめていた。


東宮の女御とは、源氏の兄の、女御である。
東宮の、弘薇殿にも、源氏のファンがいるのだ。
女御は、源氏の美しさに、嫉妬しているのである。

しかし、ここでも、作者は、源氏が、素晴らしく美しいと、描くが、その、具体的容姿に、触れることがない。



藤壺は、「おほけなき心のなからましかば、ましてめでたく見えまし」とおぼすに、夢の心地なむし給ひける。宮は、やがて御宿直なりけり。主上「今日の試楽は、青海波にことみなつきぬな。いかが見給ひつる」と聞え給へば、あいなう、御いらへ聞えにくくて、藤壺「ことに侍りつ」とばかり聞え給ふ。主上「片手もけしうはあらずこそ見えつれ。舞のさま手づかひなむ、家の子は異なる。この世に名を得たる舞の男どもも、げにいとかしこけれど、ここしうなまめいたる筋を、えなむ見せぬ。こころみの日かくつくしれば、紅葉のかげやさうざうしくと思へど、見せ奉らむの心にて、用意せさせつる」など聞え給ふ。



藤壺は、大それたことがなければ、どんなにか、良く見ることが出来たのかと、思うのである。そうすれば、夢見心地だっただろうと。

藤壺は、そのまま、御宿直に居た。
主上が、今日の、試楽は、青海波に、尽きた。あなたは、どう御覧になったかとの、お言葉に、答えにくく、格別でございましたと、だけ申し上げる。
主上は、相手も、悪くなかった。舞ぶりや、手づかいが、良家の子弟は、違っている。世に評判の専門家たちの舞も、上手だが、技巧に走り、そのままの、なまの、美しさを忘れている。試楽の日に、かくも、上手に尽くしたゆえ、当日の紅葉の影も、淋しかろうと思うが、あなたにお見せしようと、用意をさせたのだ、なとど、仰せになる。

藤壺の宮は、複雑な心境であった。
源氏の子を宿しているのである。
それを、陛下は、知らない。
それを、隠しての、心模様である。
この、源氏と、藤壺の、関係を軸にして、物語の展開を、解釈する専門家もいる。

私は、この当時の、状況から、それが、特別のこことは、思われないのである。
この手の、話は、至るところに、あったと、思える。

また、ここで、二人の罪の意識云々という、説も、私は、支持しない。
当時の罪意識は、仏教によるものである。
もっと、別な感覚である。

それは、次第に、物語の中から、探ることにする。

古来から、日本人には、罪という意識よりも、穢れ、という意識の方が強い。
穢れることによって、迷うというのだ。
そして、この世は、迷いの世なのである。

だが、それも、辛い迷い、苦しみの迷いではない。
仏教により、人生は、苦しいものだという、観念が、入って来た。

それ以前に、人生を苦しみと、捉えたことはない。
仏教を、御祭りすることにより、次第に、その観念に、のめり込む姿がある。特に、漢語を読む者たちから、それは、始まった。

後に、罪、咎、穢れなどと、続々と、人生を否定する言葉の数々が生まれるのは、仏教の
観念的な、考え方に、冒されてからである。

また、平安貴族たちは、殊更、仏教の教えに、感応したようであり、しかし、逆にそれが、退廃的生活を、生んだとも、いえる。

無常観は、あはれ、ではなかった。
あはれ、という心象風景を、無常観と、考えると、誤る。
また、はかない、という言葉も、違う。

微妙に似ていることから、無常観を、あはれ、はかない、という言葉に置き換えたのである。
今、それを、正す。

仏教は、人生否定の立場である。
だから、輪廻から、逃れることが、救いであると、最終目標を掲げる。

だが、これについては、別のエッセイ、神仏は妄想である、で、語るので、省略する。




posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第9弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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