2008年11月23日

もののあわれ334

命婦
くれないの ひとはなごろも うすくとも ひたすらくたす 名をしたてずは

心苦しの世や」と、いといたう慣れてひとりごつを、「よきにはあらねど、かうやうのかいなでにだにあらましかば」と、かへすがへす口惜し。人の程の心苦しきに、名の朽ちなむは、さすがなり。



命婦
愛情は、薄くても、せめても、あちらの、名を汚すことのないように、お願いします。

お気の毒ですと、慣れた様子で、独り言を言う。
上手とまではいかないが、せめてこれくらいの程度の教養が、姫にあればと、返す返す残念に思う。
姫の身分があるゆえに、名に傷がついては、いけないのである。



命婦の歌が、いい。
紅の 人花衣 薄くとも ひたすらくたす 名をし立てずは
である。

とんちんかんの、贈り物に、対する、思いは、薄くても、つまり、それは、そのまま、姫に対する思いなのであるが、あちらは、あちらの、精一杯のことをしたのである。
ですから、あちらの、名を汚さないようにと、の、命婦の願いである。



人々参れば、源氏「取り隠さむや。かかるわざは人のするものにやあらむ」と、うちうめき給ふ。「何に御覧ぜさせつらむ。我さへ心なきやうに」と、いと恥づかしくて、やをら下りぬ。



女房達が、参上するので、源氏は、「隠すことにしょう。こんなことは、普通することではない」と、辛そうに仰る。
命婦は、どうして、御覧にいれたのか。自分まで、気が利かない者のようだ、と、恥ずかしさに、そっと、引き下がった。



またの日、上にさぶらへば、台盤所にさしのぞき給ひて、源氏「くはや。昨日の返り事。あやしく心ばみ過ぐさるる」とて投げ給へり。女房たち、何事ならぬ、と、ゆかしがる。源氏「ただうめの花の色のごと、三笠の山のをとめをばすてて」と、謡ひすさびて出で給ひぬるを、命婦はいとをかしと思ふ。心知らぬ人々は、「なぞ、御ひとりえみは」と、咎め合へり。命婦「あらず。寒き霜朝に、掻練好めるはなの花あひや見えつらむ。御つづしり歌のいとほしき」と言へば、「あながちなる御事かな。この中には、にほへる鼻もなかめり。左近の命婦、肥後の采女やまじらひつらむ」など、心もえず言ひしろふ。
御返り奉りたれば、宮には女房つどひて見めでけり。

源氏
逢はぬ夜を へだつる中の 衣手に かさねていとど 見もし見よとや

白き紙に、棄て書い給へるしもぞ、なかなかをかしげなる。




翌日、命婦が、出仕していると、源氏が台盤所に、顔を出した。
源氏は、それ、昨日の返事だ。少し気取りすぎだがと、お投げになる。
他の女房たちは、何事であろうかと、それを見たがる。
源氏は、ただ、梅の花の色ごと、三笠の山の、おとめを捨てて、と、口ずさみつつ、お出になった。
命婦は、それを、実に、面白いと思う。
訳の知らない人は、なんです、一人で笑っていてと、咎める。
命婦は、そうじゃございませんよ。寒い霜の朝に、掻練、かいねりが好きな人の鼻の色合いが、君の、お目についたのでしょう。ぶつぶつと、歌っていらっしゃるのが、気の毒ですと、言うと、女房たちは、ご無理なこと。この中には、赤い鼻の人もいないし、左近の命婦や、肥後の采女が、交じっていたのかしら、など、合点がゆかぬ様子で、言い争う。

命婦は、君の、返事を、差し上げたので、常陸宮の邸では、女房たちが、集い、感心しつつ、見た。

源氏
逢わずにいる夜が、重なっているのに、更に、衣を重ねて、隔てよと、贈ってよこしたのですか。

白い紙に、無造作に書かれている、その筆跡が、実に、趣がある。


掻練
かいねり、とは、赤い練り絹のこと。

御つづしり歌
一口ずつと、切って歌うこと。
御つづしり歌のいとほしき
一口一口と、歌われることが、愛しい、つまり、ここでは、気の毒ですという、命婦の気持である。

いとおしい、は、単に、愛しいだけではない。いと惜しい、とも、なる。
いとほしい
様々な、心象風景が、広がる。



晦日の日、夕つ方、かの御衣箱に、御料とて人の奉れる御衣一具、葡萄染の織物の御衣、また山吹か何ぞ、いろいろと見えて、命婦ぞ奉りたる。ありし色あひをわろしとや見給ひけむ、と、思ひ知らめれど、女房「かれはた、紅のおもおもしかりしをや。さりとも消えじ」と、ねび人どもは定むる。女房「御歌も、これよりのは、道理聞えて、したたかにこそあれ。御返りは、ただをかしき方にこそ」など、口々に言ふ。姫君も、おぼろげならでし出で給へるわざなれば、物に書きつけて、置き給へりけり。



大晦日の、夕方、あの、衣装箱に、君の御料といって、人が献上した、お召し物一揃え、葡萄、えびの織物の、お召し物と、山吹襲、やまぶきかさね、など、色々と、色の物が入っているのを、命婦が、姫君に、差し上げた。
この間、差し上げた、お召し物が、よくなかったのかと、思ったのかと、感じつつも、女房は、あれだって、紅の、しっかりとした、色でした。まさか、見劣りは、しないでしょうと、老女房達は、判定する。
また、女房は、お歌も、姫君のものは、筋が通り、しっかりしていましていましたよ。お返事は、ただ、面白いのが、勝っています、などと、口々に言う。
姫も、並々ならぬ、努力の作品であるから、紙に書いて、取って置くのである。

と、まあ、皆々、へんちくりんの、感覚であるから、面白い。

この、邸だけは、浮いている。
皆々、浮いて、ズレているのである。
時代遅れというのか、何と言うのか。
現代でも、こういう、家庭がある。
勿論、その家族は、気づかない。

その中で、命婦だけは、真っ当な感覚である。
こういう、姫君の邸の、有様を、私は、滑稽だと、笑う。

当時、このような、落ちぶれたが、身分の高い家も、あったということが、解る。
そして、皆、ズレている。
実に、面白い。



posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第9弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。