2008年11月22日

もののあわれ333

年も暮れぬ。内裏の宿直所におはしますに、大輔の命婦参れり。御けづりぐしなどには、懸想だつ筋なく心やすきものの、さすがに宣ひたはぶれなどして、使ひ慣らし給へれば、召しなき時も、聞ゆべき事ある折は参うのぼりけり。命婦「あやしき事の侍るをを、聞えさせざらむも、ひがひがしう思ひ給へわづらひて」と、ほほえみて聞えやらぬを、源氏「何
ざまの事ぞ。我にはつつむ事あらじ、と、なむ思ふ」と宣へば、命婦「いかがは。自らの憂へは、かしこくとも先づこそは。それはいと聞えさせにくくなむ」と、いたう言籠めたれば、源氏「例の、えんなる」と憎み給ふ。「かの宮より侍る御文」とて、取り出でたり。源氏「ましてこれは、とり隠すべき事かは」とて取り給ふも胸つぶる。みちのくに紙の厚肥えたるに、匂ばかりは深うしめ給へり。いとよう書きおほせたり。歌も


からごろも 君が心の つらければ 袂はかくぞ そぼちつつのみ




年も暮れた。
御所の、宿直所にいらっしゃると、大輔の命婦が、参上していた。
御梳り櫛などされる時には、色恋のことはないから、心の負担はない。
それでも、冗談など言い、使っていられるので、お召しがないときでも、申し上げる事のある時には、参上した。
命婦は、妙な事が、ございますが、申し上げずにいるのは、よからぬと考えましてと、微笑んで、その先を、言わない。
源氏が、どんな事だ、私に、隠すことは、あるまいと、言う。
命婦は、どうして、隠しましょう。私の心配事は、恐れ多い事ですが、第一に、貴方様に申し上げます。でも、実に、申し上げにくく、と、言いにくそうにしているので、源氏は、いつもながら、思わせぶりなと、叱る。
命婦は、あの宮様からございましたお手紙のことで、と、取り出した。
源氏は、何よりも、これは、隠していてよいものかと、言って、それを取り、幻滅する。
陸奥紙の厚いものに、香料を、深く染み込ませている。
文字は、よく書けている。
歌がある。


貴方様の、お心が、冷たいようで、袂が、こんなに濡れてばかりいます

命婦の、御梳り櫛とは、要するに、髪型である。
源氏に逢うのに、色恋ではないから、気持の負担がないという。
それでも、何かと、源氏に言われるので、とある。

お召しがない時でも、申し上げることのある時には、参上した。
結構、源氏と、親しい関係である。

命婦が、妙なことだというのは、あの、姫が、源氏に手紙と、贈り物をということだ。

からごろも、とは、唐のもの、つまり、舶来品である。
着るの、枕詞である。

いつかわれ 涙のたえむ から衣 君が心の つらき限りは
元真集からの、元歌がある。

袂はかくぞ
とは言うが、かくぞ、とは、これほど、という意味で、その、これほどの品がないので、源氏は、不審である。




心えず、うちかたぶき給へるに、つつみに衣ばこの重りかに古代なる、うち置きて、おし出でたり。命婦「これを、いかでかは、かたはらいたく思ひ給へざらむ。されど、朔日の御よそひとて、わざと侍るめるを、はしたなうはえ返し侍らず。ひとり引き籠め侍らむも、人の御心違ひ侍るべければ、御覧ぜさせてこそは」と、聞ゆれば、源氏「引き籠められなむは、からかりなまし。袖まきほさむ人もなき身に、いと嬉しき志にこそは」と、ことに物も言はれ給はず。「さてもあさましの口つきや。これこそは手づからの御事の限りなめれ。侍従こそ取り直すべかめれ。また筆のしりとる博士ぞなかんべき」と言ふかひなくおぼす。



心えず、何とも、合点がいかず、首をかしげていると、包み布の上に、衣箱の、重々しく、古めかしいものを置いて、源氏の前に、差し出した。
命婦は、こんなものを、どうしてお目にかけられましょうか。でも、元旦のお召し物にと、わざわざ、お贈りされるのですから、あちらに構わず、お返しも、出来ませんし。
私の一存で、しまっておくのも、姫の、お考えに背くでしょうし、御覧にいれた上でと、思いましてと、申し上げる。
源氏は、しまってしまわれては、たまらない。濡れた袖を、枕にして、乾かしてくれる人もいない私にとっては、嬉しい贈り物だ。
と言いつつ、その後が続かない。
それにしても、あきれた歌の詠みぶりだなあ。
これが、ぎりぎりのところなのだろう。
侍従がいれば、手直しするものを。他に、書きようを、教える、先生もいないのだなと、お話にならない、気分である。

姫の、とんちんかんな、対応と、更に、歌の拙さである。
だが、それかまた、面白い。
今で言えば、真面目に、お笑いをしているようなもので、実に、おかしいのである。

ズレている。
その、ズレが、面白い。
源氏に、贈り物というのも、あの、生活の中から、どうしてと、思わせる。
作者は、姫を、笑いものにしているのではない。
当時も、このように、頓珍漢な、女がいたのであろう。
悪気なく、お笑いのような、である。



心をつくしてよみ出で給ひつらむ程をおぼすに、源氏「いともかしこきかたとは、これをも言ふべかりけり」と、ほほえみて見給ふを、命婦面赤みて見奉る。今様色の、えゆるすまじく艶なう古めきたる、直衣の裏表ひとしうこまやかなる、いとなほなほしう、つまづまぞ見えたる。あさまし、と、おぼすに、この文をひろげながら、端に手習ひすさび給ふを、側目に見れば、

源氏
なつかしき 色ともなしに 何にこの すえつむ花を 袖にふれけむ

色濃き花と見しかども」など、書きけかじ給ふ。花のとがめを、なほあるやうあらむ、と思ひ合はする折々の月影などを、いとほしきものから、をかしう思ひなりぬ。



一生懸命に、詠まれたことを、想像すると、いともかしこきかたとは、これを言ふべかりけり、と言う。現代の言葉に訳せない。
とても、頑張って、自分で、感激して歌った歌であるとは、このような歌だ、とでも、訳すか。
と、微笑んで、御覧になる。
命婦は、赤面である。
薄紅色の、えゆるすまじく、考えられないような、艶のない、古めいた衣と、直衣の、裏と表と、同じほど、濃い色とが、平凡な仕立てで、その端々を見せている。
堪らないなあと、思いつつ、手紙を広げたまま、端の方に、いたずら書きを、横から見ると、

源氏
心引かれる女でもないのに、どうして、赤い鼻の女を、相手にしたのやら

なつかしき、色ではないのに、どうして、すえつむ花と、縁したのか、である。

色の濃いはなとは、思ったが、など、書き散らす。
この紅花をけなす、歌は、何か、仔細があろうと、思案の末、何度か、月明かりに見た、姫の姿を思い出し、気の毒ではあるが、面白い歌だとも、思うのである。

色の濃い花とは、思ったが、色の濃い鼻とは、思わなかった。
喜劇的、あるいは、悲劇的、お話である。
色好みの源氏に、痛烈に、ノックアウトを、くらわしているようにも、思えるのだが、私には。

作者は、源氏を、突き放して見ているようである。




posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第8弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。