2008年11月17日

もののあわれ328

かの紫のゆかり尋ねとり給ひては、そのうつくしみに心入り給ひて、六条わたりにだに、かれまされり給ふめれば、まして荒れたる宿は、あはれにおぼしおこたらずながら、もの憂きぞわりなかりける。所狭き御物恥を見あらはさむの御心も、殊になうて過ぎ行くを、また「うち返し見まさりするやうもありかし。手さぐりのたどたどしきに、あやしう心得ぬ事もあるにや。見てしがな」と思ほせど、けざやかにとりなさむも眩し。



あの紫、藤壺のゆかりの姫君を、手に入れてからは、その人を、可愛がるのに、夢中で、六条あたりにさえも、次第に足が遠のくのである。
まして、荒れ果てた、宮邸の事は、可愛そうだと、常に気にかけているものの、何とも、気が進まないのは、仕方のないこと。
むやみに、恥ずかしがる人の、正体を見極めようという、気持も、格別に思わずに、日が過ぎてゆく。
それとは、別に、うち返し見まさりするやうもありかし、反対に、見直すところも、あるのでは。いつもは、暗闇の手探りだから、変に、おかしなところもあるのだろう。きちんと、見たいものだ、とも、思う。
だが、はっきり見る手立てるのも、きわりが悪いのである。


けざやかにとりなさむも眩し
けさやか
はっきりと、明確に。
とりなさむも眩し
取り成すことは、眩しい、つまり、気恥ずかしい、きわりが悪い。



うちとけたる宵居の程、やをら入り給ひて、格子の間より見給ひけり。されど、自らは見え給ふべくもあらず。凡帳など、いたく損はれたるものから、年経にける立処変らず、おしやりなど乱れねば、心もとなくて、御達四五人居たり。御台・秘色やうの唐土のものなれど、人わろきに、何のくさはひもなくあはれげなる、罷でて人々食ふ。隅の間ばかりにぞ、いと寒げなる女房、白き衣のいひしらず煤けたるに、きたなげなるしびら、引き結ひつけたる腰つき、かたくなしげなり。さすがに櫛おし垂れて挿したる額つき、「内教坊・内侍所の程に、かかる者どもあるはや」と、をかし。



女房たちと、寛いでいる宵の頃、源氏は、そっと、姫の寝殿に入って、格子の間から、内を覗いてみた。
しかし、姫からは、見えるはずがない。
凡帳などは、酷く痛んでいるものの、長年置いてある場所は、変わらず、動かしていないので、姫は、見えず、物足りないが、女房が、四、五人いる。
お膳には、青磁らしい舶来物が見えるが、不体裁で、料理など、風情もなく、粗末なものを、くさはひもなく、おかずもないのである、御前から下げて、食べている。
隅の方で、酷く寒そうにした女房が、白い着物の、言いようもなく煤けたものに、汚れた、しびら、上着を、結び付けている、腰恰好は、ぎこちなく、見苦しい。
それでも、櫛だけは、垂れ加減に挿している。その額の有様は、内教坊や、内侍所に、こんな者たちがいると、おかしく思う。


姫の貧しい生活を、源氏は、見た。
見られている者たちは、まさか、貴人である、源氏に見られているとは、知らないのである。



かけても、人のあたりに近うふるまふ者とも、知り給はざりけり。女房「あはれ、さも寒き年かな。命長ければ、かかる世にも逢ふものなりけり」とて、うち泣くもあり。女房「故宮おはしましし世を、などてからしと思ひけむ。かく頼みなくても過ぐるものなりけり」とて、飛び立ちぬべくふるふもあり。様々に人わろき事どもを憂へあへるを、聞き給ふもかたはらいたければ、たちのきて、ただ今おはするやうにてうちたたき給ふ。



貴人が近くにいることを、知らずにいるのである。
女房は、本当に、寒い年だこと。長生きすると、こんな辛い目にも、遭うものですと、泣く女房もいる。
宮様が、いらした時代を、どうして、辛いと、思ったでしょう。こんな心細いことでも、暮らせば、暮らせるものでしたと、飛び上がりそうなほど、震えている者もいる。
それらの、みっともない様、話し合いを聞いているのが、いたたまれなく、そこを、離れて、今丁度、来たかのように、見せかけて、格子を叩く。



「そそや」など言ひて、燈とりなほし、格子放ちて入れ奉る。侍従は斎院に参り通ふ若人にて、この頃はなかりけり。いよいよあやしう、ひなびたる限りにて、見ならはぬ心地ぞする。いとど、うれふなりつる雪、かきたれいみじう降りけり。空の気色烈しう、風吹き荒れて、大殿油消えにけるを、燈しつくる人もなし。かの物におそはれし折おぼし出でられて、荒れたる様は劣らざめるを、程の狭う、人気の少しあるなどに慰めたれど、すごう、うたていざとき心地する夜のさまなり。をかしうも、あはれにも、やうかへて心とまりぬべき有様を、いとうもれすくよかにて、何の栄なきをぞ、口惜しうおぼす。




女房が、それそれと、言って、燈火を明るくして、格子を開けて、お入れする。
侍従は、斎院にも、奉仕している女房で、この時は、こちらにいなかった。
それゆえ、ますます、みすぼらしい、田舎じみた女房ばかりで、君の目には、勝手が、違うように、見える。
女房たちが、心配していた雪が、降ってきた。
空の様子が、酷くなり、風が吹きすさんで、燈火が、消えてしまった。
それを、点ける、女房もいない。
源氏は、あの、物の怪に襲われた時のことが、思い出されて、荒れている様は、同じだが、邸の構えが狭く、人気があるということで、気を落ち着けていた。
不気味で、嫌な感じがする。
寝付かれない夜である。
しかし、それはまた、それなりに、面白いとも、風情があるともいえる。
普通と違うという家である。
ただ、姫が、引っ込み思案で、無愛想なので、張り合いがないのを、残念に思うのである。

かのものにおそはれし折おぼし出でられて
夕顔の時の、物の怪に、襲われた夜のことを、思い出して。

やうかへて心とまりぬべき有様
訳するのは、難しい言葉である。
様かへて、心とまりぬべき有様
心とまりぬべき
心がひかれる

普通と違う印象を受けるという、感覚である。が、原文の持つ、微妙な感覚は、訳せない。

いとうもれすくよかにて
これも、難しい。
いと うもれ すくよかにて
大変、埋もれ、健よかにてと、変換しても、意味が違う。
姫が、そのようであることを、張り合いがないと思うのである。

大変引っ込み思案で、潤いや優しさに欠けて、取りえもない。
すくよかに、は、形容動詞という、すくよかなり、の、連用形となる。
健よかという意味もあり、無愛想という意味、そして、けわしい、という意味もある。

文法を解読してゆくと、面白みが、欠けるので、省略してゆく。




posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第8弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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