2008年11月09日

もののあわれ320

おのおの契れる方にもあまえて、え行き別れ給はず。一つ車に乗りて、月のをかしき程に雲隠れたる道の程、笛吹き合はせて大殿におはしぬ。先駆などもおはせ給はず、忍び入りて、人見ぬ廊に、御直衣ども召して著かへ給ひ、つれなう今来るやうにて、御笛ども吹きすさびておはすれば、おとど、例の、聞き過ぐし給はで、高麗笛取り給へり。いと上手におはすれば、いと面白う吹き給ふ。中務の君、わざと琵琶は弾けど、頭の君心かけたるをもて離れて、ただこのたまさかなる御気色のなつかしきをば、えそむき聞えぬに、おのづから隠れなくて、大宮なども、よろしからず思しなりたれば、物思はしくはしたなき心地して、すさまのじげに寄り臥したり。絶えて見奉らぬ所にかけ離れなむも、さすがに心細く、思ひ乱れたり。




それぞれ、契れる方、つまり、約束の女の所へは、別れて行く気持にならず、一つの車に相乗りして、月が風情を残した、名残の道を、笛を合奏しつつ、大臣邸においでになった。
先払いなどもせずに、そっと入り、人目のない廊下に、直衣などを持ってこさせて、お着替えになり、何食わぬ顔で、今来たばかりのようにして、笛などを吹きなさる。
すると、左大臣は、例によって、聞き流さず、高麗笛を取り出した。大変、上手なので、見事に、お吹きになる。
琴を取り寄せて、御簾の中でも、この道に、嗜む女房たちに、弾かせるのである。
中務の君は、なかつかさの君は、もっぱら琵琶を弾くのだが、中将が思いを寄せているのを、袖にして、ただ、この際の、お見えの優しい君から、離れることが出来ず、それが、自然に出て、大宮なども、けしからぬと、近頃思うので、物憂く、堪らない気持がして、面白くなさそうに、物に寄りかかっている。
全く、お目にかからない所に、行くのも、心細く、思い悩むのである。

中務の君
葵の上付きの、女房である。

大宮
左大臣の北の方。桐壺帝の妹である。
つまり、葵、頭の中将の母になる。

大宮は、頭の中将の、色好みに、けしからんと、思うようで、それでも、源氏の傍には、いたいと思う。よって、不自然な、恰好で、その場にいる。
すさまじげに寄り臥したり
寄りかかって、横になるのか、楽な姿勢でいるのか。


女の所には、行かず、二人で、戻って、何やら、遊ぶという風情が、面白い。




君達は、ありつる琴の音を思し出でて、あはれげなりつるすまひの様なども、やうかへてをかしう思ひ続け、あらましごとに、「いとをかしうらうたき人の、さて年月を重ね居たらむ時、見そめていみじう心苦しくは、人にももて騒がるばかりやわが心もさまあしからむ」などさへ、中将は思ひけり。この君のかう気色ばみありき給ふを、まさにさては過ぐし給ひてむや、と、なまねたうあやふがりけり。




君達は、先ほどの、琴の音を思い出し、寂しそうだった、様子なども、少し変わっていると、趣深く思う。有り得ないことだが、いかにも、美しく、可愛い人が、あのように、年月を重ねて住んでいるとして、愛人として、良い女であれば、人に騒がれるほどに、心も、迷うだろうかと、中将は、思う。
この君が、こんなに、身を入れて、通うのであるから、とても、手に入らないだろうと、何となく、悔しく思うのと、不安に思う。

あらましごとに
有り得ないことである。
見初めていみじう心苦しくは
愛人として、交際する。

気色ばみありき給ふ
源氏の行動である。
身を入れて、通う、つまり、うろつきまわるのである。

まさにさては過ぐし給ひてむや
手に入らないだろうと、思う。そして
なまねたうあやふがりけり
妬ましいと、あやふがり、不安を覚える。

一体、どういうことか。
自分も、手に入れたいが、源氏には、適わない。しかし、源氏が、手に入れて、没頭するのは、それまた、少し不安なのである。

頭の中将も、源氏が好きなのである。

色好みを、行動しているのだが、頭も、源氏が好きで、さて、どうしたらいいのか。
一番、近い道は、源氏と、同じように、色好みを行為して、源氏と、同調するのである。それで、辛うじて、源氏と、同じ波長を持って、源氏と対する。

屈折した、同性愛感情である。

実に、面白い、描き方をする。



その後、こなたかなたより、文などやり給ふべし。いづれも返り事見えず、おぼつかなく心やましきに、「あまりうたてもあるかな。さやうなる住まひする人は、物思ひ知りたる気色、はかなき木草、空の気色につけても、とりなしなどして、心ばせおしはからるる折々あらむこそあはれなるべけれ、重しとしても、いとかうあまりうもたらむは、心づきなくわるびたり」と、中将はまいて心いられしけり。例の隔て聞え給はぬ心にて、頭の中将「しかじかの返り事は見給ふや。こころみにかすめたりしこそ、はしたなくてやみにしか」と愁ふれば、「さればよ、言ひ寄りけるをや」と、ほほえまれて、源氏「いさ、見むとしも思はねばにや、見るとしもなし」と答へ給ふを、人わきしけると思ふに、いとねたし。




その後、お二方とも、手紙を差し上げることになることでしょう、とは、作者の解説。
どちらにも、返事がなくて、気になり、面白くもない。
どうも、ひどい。ああいう所に住んでいる人は、物思い知りたる気色、物に感じる心が、豊かなものだ。木とか、草に、空の有様にも、歌に詠み、女の気立てがあっていいものなのに。重しとしても、慎重に育てられたとしても、引っ込み思案では、面白くないと、頭の中将は、まいて心いられしけり、いらいらしていた。
いつもの、解放した気安さから、あの方の、返事は、御覧になりましたか、試しに、出してみたのですが、取り付く暇もなく、それっきりですと、話すと、源氏は、やっぱり、口説いたんだと、笑う。
さあ、見ようとも思わないし、見たいという、訳でもないし、と、答えると、さては、相手は、分け隔てをしていると、いとねたし、悔しいのである。

しかじかの返り事
かくかく、しかじか、と、内容を省略している。
前後の、関係で、この、しかじかのことが、理解出来る。

色好み、好色の遊びごとの中に、人生を、凝縮して表現した、物語である。
草や、木の如く、人間の、儚さというものを、描きつつ、その心模様に、もののあわれ、というものを、見続けた、紫式部である。

夫、亡き後、子育てをしつつ、死に物狂いで、この物語に、何事かを託した。しかし、それを、特に強調することもない。
ただ、風景に、その気色に、作者のあはれ、というものを、描くのである。




posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第8弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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