2008年11月08日

もののあわれ319

寝殿の方に、人の気配聞くやうもや、と、思して、やをら立ちのき給ふ。透垣のただ少し折れ残りたるかくれの方に立ち寄り給ふに、もとより立てる男ありけり。誰ならむ、心かけたるすき者ありけり。と、思して、陰につきて立ち隠れ給へば、頭の中将なりけり。



寝殿の方に、姫のご様子を聞ける術もあろうかと、思いになり、そっと、お出かけになる。
透垣、すいがい、が、わずかに折れ残る、物陰に、お立ちになる。
と、そこに、前から立っている男がいた。
誰か。姫に思いをかけている、好色、好き者がいたのだと、思う。
陰に沿ってお隠れになると、何と、頭の中将である。




この夕つ方、内裏よりもろとも罷で給ひける。やがて大殿にも寄らず、二条の院にもあらで、引き別れ給ひけるを、いづちならむ、と、ただならで、われも行く方あれど、あとにつきてうかがひけり。あやしき馬に、狩衣姿のないがしろにて来ければ、え知り給はぬに、さすがに、かう異方に入り給ひぬなれば、心も得ず思ひける程に、物の音に聞きついて立てるに、帰りや出で給ふ、と、した待つなりけり。



今日の夕方、御所から、一緒に退出されながら、君は、そのまま、大臣邸にも寄らず、二条の院とも、別な方向に行かれたので、何処へ行くのかと、ただならで、いぶかしく思い、自分も、行く先があったが、後をつけて、様子を伺っていた。
粗末な馬に乗り、狩り衣姿の粗末な服装で、後をつけた。
君は、気づかなかったのである。
しかし、こんな、思いもしない場所に、お入りになったこと、納得できないでいた。
琴の音が、漏れてきたので、それに、聞き入っているうちに、君も、お帰りになられるだろうと、心待ちに待っていたのである。



君は、誰とも見分き給はで、われと知られじ、と、ぬき足に歩みのき給ふに、ふと寄りて頭の中将「ふりすてさせ給へるつらさに、御送り仕うまつりつるは、
もろともに 大内山は 出でつれど 入る方見せぬ 十六夜の月

と、恨むるも、ねたけれど、この君と見給ふに、少しをかしうなりぬ。
源氏「人の思ひ寄らぬ事よ」と、にくむにくむ、

源氏
里わかぬ 陰をば見れど 行く月の いるさの山を 誰かたづぬる



君は、まだ、誰なのか、見分けがつかないであろうと察する。そこで、気づかれまいと、抜き足、差し足で、その場を、離れようとすると、男が、すっと寄ってきた。
ふりすてさせ給へるつらさに、後を追ってまいりました。

もろともに おおうちやまは いでつれど いるかたみせぬ いざよいのつき

ご一緒に、御所は、出ましたが、どこかへ隠れてしまいました。
入る方見せぬ
何処へ行く
十六夜の月
源氏のこと

と、からんでくるのが、憎らしいが、なんだ、頭の中将かという気持もある。
少し、おかしくなった。
源氏は、驚いたことをすると、にくむにくむ、憎らしがりつつ、

さとわかぬ かげをばみれど ゆくつきの いるさのやまを たれかたづぬる

あちこちと、歩き回るが、行く先まで、追いかける人がいるだうろか。

陰をば見れど 行く月の 誰かたづぬる
まさか、行く先を、つけてくるとは。

若者らしい、好奇心に満ち溢れている。
暇といえば、暇である。
その時代、その時代に、楽しみは、あったのである。



頭の中将「かう慕ひ歩かば、いかにせさせ給はむ」と、聞え給ふ。頭の中将「まことは、かやうの御ありきには、随身がらこそはかばかしき事もあるべけれ。後らせ給はでこそあらめ。やつれたる御ありきは、軽々しき事も出で来なむ」と、おし返しいさめ奉る。かうのみ見つけらるるを、ねたしと思せど、かの撫子はえ尋ね知らぬを、重き功に、御心のうちに思し出づ。




中将は、こうして、つきまといましたら、どうしますと、言う。
本来ならば、このような、出歩きは、御供次第で、都合よく出来るものです。おいてきぼりに、しないで下さい。お忍び歩きは、間違いも起こります。と、君を、諌める。
いつも、このような、見つけられるのは、ねたしと思せど、しゃくだと、思うが、あの、撫子ばかりは、さすがの中将も、探し出せないのを、我が手柄と、心の内で、思うのである。



中将の嫉妬ともとれる、言動は、おもしろい。
互いに、好色の者だが、また、互いに、好意を持つ者である。

男女の関係と、男同士の関係の、曖昧さが、自然と、滲み出る場面である。

時は、平安時代の、平安とした、時代である。
色好みと、男女の性愛の様々を、描くが、男色に関しては、知らぬ振りをしている。しかし、作者は、随所に、それらを、散りばめている。

この、平安の、性愛の様、江戸時代にまで、続く。
更に、庶民に広がると、それは、江戸元禄の、華やかさになる。
井原西鶴、男色大鑑などの、作品も、出来る訳である。
勿論、好色一代男も、である。

性愛は、戦いを超えるものである。



posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第8弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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