2008年10月19日

もののあわれ299

殿におはして、泣き寝に臥し暮し給ひつ。御文なども、例の御覧じ入れぬよしのみあれば、常の事ながらもつらういみじう思しほれて、内へも参らで、二三日籠りおはすれば、またいかなるにか、と、御心動かせ給ふべかめるも、恐ろしうのみ覚え給ふ。



お邸にお帰りになって、泣き伏しつつ一日中、寝ているのである。
お手紙なども、いつも通り、お目通ししないということを、命婦から言ってきたので、いつもながらに、辛く、絶望的な気分になるのである。
参内もせず、二三日外出しないので、また、主が、どうしたのかと、心配されるだろうと思うと、それも、恐ろしいことと思うのである。

恐ろしうのみ覚え
憂鬱な気分と、解釈した方が、いい。



宮も、なほいと心憂き身なりけり、と、おぼしく嘆くに、悩ましさもまさり給ひて、とく参り給ふべき御使ひしきれど、おぼしも立たず、まことに御ここち例のやうにもおはしまさぬは、「いかなるにか」と、人知れずおぼす事もありければ、心憂く、いかならむとのみ、おぼし乱る。暑き程はいとど起きも上がり給はず。



藤壺の宮も、やはり、辛い、悲しい、我が身であったと、悲嘆にくれ、病気も進み、早く参内せよとの、お使いが度々あるが、そんな気にはならない。
ご気分が、いつものようでないのは、どうしたことかと、密かに考えるのである。
辛くなり、どうなることかと、煩悶する。
暑いうちは、なお更、起き上がることも出来ない。


暑き程はいとど起きも上がり
暑さに負けて、今までより、辛い状態である。



三月になり給へば、いとしるき程にて、人々見奉りとがむるに、あさましき御宿世の程、心憂し。人は思ひ寄らぬ事なれば、この月まで奏せさせ給はざりける事、と驚き聞ゆ。わが御心一つには、しるう思し分く事もありけり。



三ヶ月になったので、はっきり解る。
皆々、見かけては、不審に思うのは、情けないと、運を嘆く。辛い。
皆は、思いもよらないことで、この月まで、奏上されないとは、と、驚くのである。
ご自分だけは、はっきり解る事であった。


要するに、妊娠したのである。
懐妊である。それが、誰の子であるかも、でもある。




御湯殿などにも親しう仕うまつりて、何事の御気色をも、しるく見奉り知れる、御乳母子の弁、命婦などぞ、「あやし」と思へど、かたみに言ひ合はすべきにあらねば、なほのがれ難かりける御宿世をぞ、命婦は「あさまし」と思ふ。内には、御もののけの紛れにて、とみに気色なうおはしましけるやうにぞ奏しけむかし。みな人もさのみ思ひけり。いとどあはれに限りなう思されて、御使ひなどのひまなきも、そら恐ろしう、物をおぼす事ひまなし。




御湯殿などでも、御傍近く、お世話して、どのような様子なのかと、はっきりと知る乳母子の弁、それに命婦などは、変だと、思うが、お互いに、話し合うべきことではないと、やはり、どうしようもなかった、運というものを、命婦は、嘆き、呆れ果てる。
主上には、御もののけのせいで、急には、懐妊とは、見られなかったと、奏上したらしい。
誰も、誰も、そうと、ばかりに思ったのである。
主は、いとどあはれに限りなう思されて、つまり、ひとしお愛しいと、思う。思われて、御使いなども、間なく、暇なく、見える。が、それも、何やら、恐ろしく、宮は、煩悶が絶えない。

乳母の子、弁は、何も知らない。
命婦は、知っている。
そして、藤壺は、煩悶している。

恐ろしく
現代の、恐ろしいではなく、気が重い、憂鬱なことである。

この、藤壺の懐妊から、源氏物語というもの、源氏という男を、分析する、研究が多い。
そして、父、帝と源氏の関係などから、物語の、それこそ、文低にあるものを、察しようとする、試みである。

だが、当時としては、珍しいことではない。
ただ、相手が、帝と、その息子と、帝の寵愛する姫との、関係である。
物語として、それが、最大の山場ではない。

物語全体に、流れる、もののあわれ、というものの、心象風景である、問題は。

事件は、それに、付随するものである。

私は、名訳を心がけてはいない。
この、物語に、流れる、もののあわれ、というものを、見詰める、観るために、訳しているのみである。
世に、多くの名訳がある。
それで、不自由しない。

当時の、湯殿は、今で言えば、シャワー室のようなものである。
お付の者が、湯を掛けるのである。

そして、病気は、物の怪の仕業と、考えられた。
物の怪とは、目に見えない、気の働きである。
物の怪の、気に、祟られるという、ものである。これに、対処したのが、加持祈祷である。その、効果のある、僧を、皆、徳のある者として、讃えた。

空海の、密教は、その、ツボに嵌ったものである。




posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第7弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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