2008年09月03日

神仏は妄想である 152

道元は、深草安養院に、31歳から、34歳の、三年間にわたり過ごした。
その時に、道元の跡を継ぐ、三歳年上の、懐奘 えじょう、が、日本達磨宗の門人を引き連れて、入門する。正法眼蔵隋聞記を、著した。

1233年に、同じ地の、興聖寺に、僧堂を設けて、約十年、指導しつつ、正法眼蔵を書く。

しかし、比叡山の迫害が、激しくなり、越前、志比の庄の、寺に移る。

寛元元年、1243年、道元、44歳の年、吉峰寺で、執筆に励むのである。

そして、現在の、永平寺の土地に、新しく、伽藍を建てる。
寛元二年、七月、吉祥山大仏寺が開堂する。

ここで、厳格な、禅林の規則を定めて、寛元四年、六月、大仏寺を、改め、永平寺とする。

永平寺知事清規という、生活規則を、作る。

しかし、道元は、仏陀を知らないゆえに、厳しい修行を、続ける。
仏陀は、中道の心を説いた。
それは、出家者にもである。
偏った、修行は、するな。
疲れさせたり、行過ぎるなと、教えた、仏陀を知らない故に、健康を、害する。

建長四年、1252年から、具合が悪くなり、養生のために、京に上がる。

高辻西洞院の、俗弟子、覚念という者の、邸宅で、建長五年、八月二十八日、五十四歳にて、没する。
正式には、入寂である。

入滅ともいう。
滅とは、仏教では、安心の境地である。

最後の漢詩の、それを、ゲというが、その一節
活陥黄泉 である。
生きながら、黄泉に陥つ、というのである。

活陥成仏、ではない。
黄泉とは、我が国の、死後の世界である。

そして、辞世の句

また見んと おもいし時の 秋だにも 今夜の月に ねられやはする

またみんと おもいしときの あきだにも こよいのつきに ねられやはする

もう一度、見たいと思うであろう、秋の月である。
今宵の月に、ねられやはする、とは、何か。

ねられや は する
眠られる、のか、眠られないのか。
きっと、眠られるのであろう。
いや、文法では、ねられやの、や、とは、係助詞である。反語であり、疑問である。
すると、ねられようか、いや、ねられない、という意味になる。だから、月を眺めて、眠られないだろうと、言うのである。
眠られるだろうか、いや、眠られない。

この月を、眺めて、静かに、眠りに入りたいものである。そう思いたいが、どうも、迷いがある。ねられやはせず、だったのではないか。何故、やはする、と、なったのか
勿論、や、と、せず、となると、意味合いは、変になる反語の反語、疑問の疑問である。
しかし、詮索するのは、止める。

大和心に、抱かれて、道元は、我が人生、その戦いの人生を、見つめた。

母の胸に、抱かれたかっただろう。
早くから、親に死に別れて、どれほど、辛い思いをしたのか。

求めるところは、母の胸であり、あの、尊敬すべき、父である。

親の懐に、抱かれる、安心の境地は、事実である。

妄想の、存在は、そこにはない。

誰か知る
かの道元の
胸の内
作為を超えて
親の元へと

私は、道元の生き方を、尊敬する。
敬意を表する。

一筋という道を、見つめて、ひたすらに、生きた。
そして、我がために、書き続けた。
我が、読むべきものを、書き続けた。

一番の、読者は、私なのである。

私が、私に読ませたいが、故に、渾身の力をもって、書き続ける。

それを、大和心という、親心が、抱き寄せてくれる。
そこには、父あり、母がいる。

父と母の存在は、事実である。
これに、適うものなどない。

たとえ、アホでも、馬鹿でも、間抜けでも、親がいる。

道元を、死の世界へ、導いたのは、仏でも、勿論、神でもない。
父と母である。

仏への道を、一筋に、歩むべくして、歩み続け、最期の時は、父母の胸に抱かれて、逝くのである。
それは、信じるというものではない。
事実である。

今夜の月に ねられやはする
私見である。
道元の、月は、最後に、父母となった。
父と母の、傍で、眠りたい。
それで、いいではないか。

心理学という、未熟な学問があるが、それでも、相当な、人間の心の世界を、観るものである。
道元の、仏は、父母に、至ったのである。
あれほど、身を清く生きたのは、父母への、思慕である。
誰も、それに、気付かないほど、仏教、禅というものに、迷うのである。

道元の、著作に、一言も、父母のことが、無い。
何故か。
触れられない程、恋しい人であった。

孤児の、心境の解る者は、それを、知る。

実は、鎌倉仏教の開祖で、父母のことに触れたのは、親鸞のみである。
父母のために、念仏しないという、歎異抄の言葉である。
自分が、成仏したなら、真っ先に、父母を、救うでろあうという。
そこが、愚かである。
自業自得なのである。
誰も、救うことは、できない。また、仏にする事も、できないのである。
仏陀は、そう、言った。

法然も、道元も、日蓮も、父母のことは、言わない。
以下、他の、開祖も、言わない。

彼らの、仏の実在は、父母であった。
私は、それを、知る者である。

皆々、若い、青臭いのである。
それで、いい。

父母無くして、我の存在があったか。
木の股から、誰が生まれる。
人は、母の股から、生まれるのである。

仏陀も、女の股から、生まれた。

道元を、終わる。



posted by 天山 at 00:00| 神仏は妄想である。第3弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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