2008年08月17日

性について 17

勃起も、射精も、自律反射である。

骨格筋にきているのを、体制神経といい、内臓筋にきているのを、自律神経という。

自律神経とは、神経が、感覚や意志がなく働く神経という意味。
胃腸、性器のように、自律神経がきている、臓器には、すべて、二つの自律神経がきている。

副交感神経と、交感神経である。
この、神経は、互いに、反対の働きをしている。
以前にも、書いたとおり。

勃起反射、射精反射も、自律反射と、呼ばれる。

この二つの反射で、特に射精反射では、性感、オルガスムが伴う。

仙髄第三分節から、上にゆく神経、そして、亀頭、その他の、性器皮膚から上にゆく、皮膚感覚の神経を伝達し、間脳の視床と、大脳の、辺縁系へと、流れて、快感となる。

女にも、男と同じように、勃起反射、射精反射に対応する反射はあるが、それが、男のように、明確ではない。

神経の働きは、男と同じだが、陰核、つまり、クリトリス、及び、その周辺の皮膚や、粘膜からの、刺激が、陰部神経を上がってゆく。
そして、男と、同じく、仙髄第三分節までゆき、そこの勃起中枢で、切り替えられて、反射中枢として、副交感神経で下る。また、交感神経で、下る。
下腹神経叢で、両方が継続して、卵巣、子宮、膣に分布する。

子宮にも、膣、その他にも、内臓筋がある。男の場合と同じ。

上行刺激が、反復すると、腰髄第一分節にいった、伝導が重合して、射精中枢から、発火を起こす。

その、発火は、交感神経を伝わり、下腹神経叢から、卵巣や、子宮にゆき、オルガスムを起こす。
しかし、射精のように、目立った現象ではない。

更に、それが、連続して、何度も起こるというのは、男とは、全く違う。

男は、一度の射精で、オルガスムを終わる。
次は、また、時間を、置いて、である。

勿論、若い頃は、抜かずの、何とかといい、一度、二度と、短時間に、続けられることもあるが、射精時の快感は、その一度で終わる。

ペニスに対する、一種の快感はあるが、射精の快感は、一度のものである。

ここである。
他の、動物の場合は,:決して、射精を引き伸ばして、ペニスの快感を、楽しむということは、ない。人間だけが、射精に至る前の、様々な快感を、楽しむ。

また、女も、連続する、オルガスムを何度も繰り返し、求めることが出来る。
これは、つまり、性感の、大脳化でもある。

ここから、ハウツー物の、性感セックスの、出番になるのである。

時代や、国を問わず、その性感を、求める試みの多くが、記録されている。

今、どんな性の方法論を、持ってきて、それを、説明しても、面白い。
いずれ、そこにも至ることになる。

少し、繰り返すことになるが、矢張り、人間の場合は、脳の働きが、他の動物とは、違うということ。

大脳辺縁系とは、皮質辺縁系と、皮質下で、同じ辺縁系に属する、核群、すなわち、背中核、扁桃核、視床下部諸核、そして、中脳橋の諸核などを、含めた部分を言う。

性欲の働きは、この辺縁系の内にある。
そしてそれは、本能というより、進化した心の働き、私は、情緒と言う、それによって、成り立つ、人間の性である。

性は、命であり、脳であり、そして、今、情緒になった。
情緒とは、喜怒哀楽、笑い、泣く、そして、様々な心の綾である。
これが、性欲、更に、快感に、大きな影響、深い関与があるということである。

それは、また、食欲にも、影響を与え、深い関係を、持つ。

そして、忘れてはならないことは、内蔵、肺、心臓、肝臓、胃腸、内性器、それらが、協調して、働くようにするのも、辺縁系であるということ。

この、辺縁系から出る、信号によって、大脳皮質、つまり、辺縁系に対立するものとしての、大脳外表質系の、働きである、前頭回という、脳の外側、皮膚に近い部分が、行動を起こさせる。
よく考えて、断固として、行動するというのは、ここの働きである。

そして、高等動物である、人間には、複雑な、多くの欲望を持つに至るのである。

性行為、性行動一つにしても、実に、複雑な欲望を起こし、更に、行動するのである。

その、大きな一つが、マスターベーションである。
他の動物も、それに似た行為をするが、人間のように、複雑ではない。

前立腺刺激をして、男も、女のような、快感を得るというようなもことを、考えるのは、人間のみである。

また、マスターベーションの、様々な、試みをして、楽しむというのも、人間ならでは。

脳の、進化と、発展が、人間を、他の動物から、そして、本能から、解放したといえる。

現代の、マスターペショングッズから、古代のマスターベーショングッズから、眺めて見ると、驚くべき、創意工夫がある。

遠い昔、最古のマスターベーショングッズは、エジプトの神官に、行き当たる。
板を、刳り貫き、更に、直径五センチほどの、穴を作り、そこに、ペニスを出し入れして、楽しんだという。

ヒトに近い、道具を作るサルも、マスターベーションの、道具を作ることはない。
人間だけが、それを、する。
性とは、マスターベーションなのである。
マスターベーションの、豊かさが、性を突き抜けてゆき、芸術にまで、高まるという、手法である。

性の快感ではなく、より、高度な快感を、求めて、芸術活動が、成り立つのである。

更に、私は、スポーツというものも、芸術の一つであると、考えるのである。

体の限界を超えるという、快感は、性の快感を、超えることもある。

人間とは、凄いものである。



posted by 天山 at 00:00| 性について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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