2008年08月17日

神仏は妄想である 118

600年に当時の、隋から大量の書物が届いている。
その中には、多く仏典もあったと思われる。
厩戸皇子、聖徳太子は、いち早く、仏典を学んでいる。
そして、日本を仏教の国にすべく、仏法の精神で国造りを考える。更に、漢字をもって、文字とすることもである。

天皇まで、仏法に帰依するという国である。
天皇は、日本の祭司であるが、仏教を取り入れて、今に至る。
神道といわれるものの、許容範囲が、如何に広いかが解る。

更にである。道教、儒教に関しても、受け入れているのである。
兎に角、無批判に向け入れるという、体質が日本人である。
明治にも、ヨーロッパの文化を、兎に角、取り入れて、近代化を急いだ。

学ぶべきものは、学ぶという、精神は、強くなければ出来ないことである。
いや、強いというより、しなやかな精神である。

戦後は、アメリカを取り入れた。咀嚼する力がある。
日本は、アメリカの十年前を行くと、言われた。
今のアメリカは、十年後の日本ということになる。ただ、この頃は、少し変化している。

兎に角、受け入れて、我が物にするという、才能に長けている。

仏典に関しても、無批判に受け入れて、最新の情報とした、古代の人々は、賢い。

インドから中国、半島、そして、日本へと、仏典は、渡ってきた。
最後の到着地で、仏教は、花開いた。
現在、インドは勿論、その仏典が、通ってきた道は、今は、仏教が廃れて、久しい。多くは、イスラムに取って代わられた。

また、別ルートで、伝わった仏教がある。
インドからビルマやタイ、そして、マレー半島からインドネシアに流れたものは、小乗といわれたものである。チベットも、その土着の信仰に仏教が合流して、チベット仏教となった。

日本に伝わったものは、大乗といわれる。それは、隋から唐へと移行した時期に、天竺に出掛けた、三蔵法師玄奘に多く、依る。
現在使用される、仏典の翻訳ものは、玄奘によるもの、多々あり。

さて、大乗仏教といわれるものは、いつ頃から始まったのか。
まず、最初は、釈迦の遺骨を祭る仏塔、パゴダという塔に人々が集い、出家者も、在家の者も、一緒に、仏陀を慕った行為から、始まった。

仏塔崇拝から、始まったのである。
そこに、出家者や、指導的立場の者が現れる。
そこから、新しい経典製作が、始まることになる。
初期の仏典、阿含経などの解釈、更に、その中の一部を、拡大して新しい形にした、経典製作を始めるのである。

それらは、非常にドラマチックなお話になったものもある。
それは、仏陀滅後、500年を経た、紀元前後である。

それから、インドには、大乗仏教の、二派が出来る。それは、五世紀頃である。
その一つ、中観派といわれる、「中論」に基づき、空観と中道の実践を主にするグループから、ナーガールジュナ、龍樹という、者が現れる。
南インドの人で、150年から、おおよそ100年に渡って活躍した。

龍樹以前に、ずてに、般若経が、編纂されていた。
その般若経に、龍樹が、一つの理論を打ち出す。
無所得空である。
無所得とは、あらゆるものに、捕らわれないという考え方であり、更に、空という言葉も、無執着ということになる。

日本の仏教の基本は、この龍樹の書いたものから、理解される。
今では、大乗の哲学の祖といわれる。

大智度論、中論を始め、膨大な書物がある。

仏陀の思想の中心は、中道である。
苦行でも、快楽でもない、中道という道を目指した。
当時のインドでは、様々な考え方により、修行する者、多々いた。仏陀のような人も、多々いた。
しかし、仏陀の教えが、残った。
というより、仏陀を慕う人々によって、語り伝えられたのである。

私は、龍樹の大智度論に、目を通したが、実に、くどい。否定の否定の否定という、文章には、辟易した。

そこで、少しばかり、龍樹に関して、調べると、彼は、最初、欲望のままに暮らしていた。そのまま、欲望である。
だが、私が不審に思ったのは、霊的能力があり、宮殿に夜な夜な、飛んで行き、その中にいる、女たちを毎日、犯し続けたという話である。
そして、ある時、忽然として、その生き方に、空しさを感じて、生き方を、改めたという。

そのきっかけは、一緒に行動していた、友人の死である。同じような、ことを一緒にしていた者の死である。

私見である。
インドは、魔界の支配する土地である。
今でも、ヒンドゥーという、バラモンから出た、カースト制という、差別を持って、人々を、縛っている様は、魔界関与であると、思っている。
仏陀が、画期的な、平等を説いたが、それも、呑み込んで、更に、仏陀まで、ヒンドゥーの中では、一人の神として、取り込まれたのである。

霊的能力を、持って、その欲望を満たしていたという、龍樹に、私は、納得できないのである。彼は、基本的に、魔界関与の者であると、判断する。

彼の書き物の、くどさは、それを、証明する。
哲学の一つとして、学ぶことには、異論はないが、果たして、彼の理論が、仏陀を、理解するもになるかは、別である。

無批判に、龍樹の思想を受け入れた、仏教の面々である。

阿弥陀仏の、称号を唱えるという、称号念仏も、龍樹の無所得空、という考え方を、その境地を得て、悟りというものを、開いてゆこうとするものである。

所得を得ない、さらに、空も無いという。
それを、有無の見を推破せん、と親鸞は歌う。

仏の位は、五十二番目であり、阿弥陀の本願に基づく念仏の、教えによって、この世で、不退転の位に位置する。
そして、仏の候補者になって、命終わり、浄土に生まれ、仏になることを得るであろうという。
その、不退転の位が、菩薩道からいえば、十地の位の最初であり、全体の仏の位からは、四十一番目ということになる。

それを、歓喜地といい、正しく悟りが開けると定まっている人々ということになる。

これは、仏陀の教えに遠い。
自分という意識を、探る行為は、素晴らしいものであるが、それを、上記のように、定めて、いるということが、私には、解せない。
解せない私が、誤っているのか、龍樹の考え方に、誤りがあるのか。

それは、いずれ、天竺に、その教えを求めていった、玄奘三蔵法師の、教えを、見ることにする。



posted by 天山 at 00:00| 神仏は妄想である。第3弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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