2008年08月15日

もののあわれ277

竹のなかに家鳩といふ鳥の、ふつつかに鳴くを聞き給ひて、かのありし院に此の鳥の鳴きしを、いとおそろしと思ひたりしさまの、おもかげにらうたく思ほしいでらるれば、源氏「年はいくつか物し給ひし。あやしく、世の人に似ずあえかに見え給ひしも、かく長かるまじくてなりけり」と宣ふ。


竹の中で、家鳩が、変に鳴く声を、君が聞かれて、あの泊まった院で、この鳥が鳴くのを、ひどく怖がった女を、思い出し、それも、可愛く思うのである。
源氏は、年は、幾つだったのか。珍しく、普通と違い、ひ弱に見えた。
このように、長く生きられなかったからか、と、仰る。

おもかげに らうたく
可愛い、面影である。

この話は、物語には、無かった話である。

当時、鳩を家で、飼っていたのだろう。
野生の鳩は、河原鳩という。



右近「十九にやなり給ひけむ。右近は、なくなりにける御めのとの、捨ておきて侍りければ、三位の君のらうたがり給ひて、かの御あたり去らず、おほしたて給ひしを、思ひ給へ出づれば、いかでか世に侍らむとすらむ。いとしも人にと、くやしくなむ。物はかなげに物し給ひし人の御心を、頼もしき人にて、年ごろ、慣らひ侍りけること」と聞ゆ。


右近は、女が、十九におなりでしたと、言う。
右近は、産みの親の、御乳母が、後に残して、死にましたので、三位の君様が、可愛がりくださりまして、お姫様の、傍に離れず、お育て下さいました。
それを、思うと、どうして、生きていられるでしょう。
いとしも人に
親しく、仲良くしていた人である。
いとしも人にと、悔しくて、なりません。
頼りなさそうなお方でしたから、頼む人として、長年、お傍に仕えました、と、申し上げる。



源氏「はかなびたるこそは、らうたけれ。かしこく、人になびかぬ、いと心づきなきわざなり。みづからはかばかしくすくよかならぬ心慣らひに、女は只やはらかに、とりはづして人にあざむかれぬべきが、さすがにものづつみし、見む人の心には従はむなむ、哀れにて、わが心のままにとりなほして見むに、なつかしくおぼゆべき」など宣へば、右近「このかたの御好みには、もて離れ給はざりけりと思ひ給ふるにも、くちをしく侍るわざかな」とて泣く。



源氏は、頼りなさそうなのが、愛らしいものだ。
利口で、人の話を聞かないのは、決して、好ましいものではない。
私自身、はきはきせずに、きつくない生まれゆえ、女は、ただ、優しくて、うっかりすると、男に騙されてしまうような、それでいて、慎ましく、男の言うことを、聞くことが、可愛いものだ。
自分の思う通りに、性格を、直して、暮らしたら、仲良くしてゆけるだろうと、思うと、仰る。
右近は、そうした、お好みでしたら、ぴったりと合ったお方でした、と、思います。それにつけても、残り惜しいことでした。と、言って泣くのである。


源氏が、好む女の風情を語る。
興味深いものだ。
されは、作者の求める、女の姿なのであろう。
自分も、そのような、女になりたいと、思ったのか。

女は、ただ、優しくて、男に騙されてしまいそうな、風情であり、それでいて、慎ましく、男の言うことを、聞いてくれる。
冗談じゃないと、今の、女は、言うだろうか。
男の、思い通りになど、なるものかと。それも、いいだろう。男を、思い通りにしてやる、という、女がいても、いい。
皆々、勝手にすると、いい。



空のうち曇りて、風ひややかなるに、いといたくながめ給ひて、

源氏
見し人の けぶりを雲と ながむれば 夕べの空も むつまじきかな

と、ひとりごち給へど、えさしらへも聞えず。「かやうにておはせましかば」と思ふにも、胸ふたがりておぼゆ。耳かしがましかりし砧の音をおぼし出づるさへ、恋しくて、源氏「まさに長き夜」と、うちずんじて、臥し給へり。


空が、曇ってくる。
風も、冷たくなり、非常に辛く、しんみりとする、物思いに沈む。

あの人の、亡骸を焼いた煙が、あの雲かと思い、眺めている。この夕空も、実に、親しいものである。
けぶり、とは、亡骸を焼く、煙である。
雲を、亡き人の形見と、見る行為は、万葉からの伝統である。

独り言を言う。
右近は、それに、答えることもできない。
そして、こうして、お二人で、並んでいたら、どんなにか、幸せかと思うと、胸が、一杯になる。
君は、喧しかった、砧の音を、思い出し、恋しくてたまらず、まさに長き夜、と、口ずさむ。
そして、お休みになった。


まさに、長き夜とは、白楽天の詞にある、言葉である。
八月九月正に長き夜
千声万声やむ時なし

漢詩の教養は、当たり前である。
当時の正式文書は、漢語で書かれた。
平仮名は、女、子供の文字とされていたのである。
物語も、女、子供のものとされていた。



posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第6弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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