2008年08月13日

もののあわれ275

殿のうちの人、足を空にて思ひまどふ。うちより御使ひ、雨の脚よりもけに繁し。おぼし嘆きおはしますを聞き給ふに、いとかたじけなくて、せめて強くおぼしなる。大殿もけいめいし給ひて、おとど日々に渡り給ひつつ、さまざまの事をせさせ給ふしるしにや、廿日あまりいと重くわづらい給ひつれど、ことなるなごり残らず、おこたるさまに見え給ふ。


御宅の人々は、足も地につかない様で、おろおろとする。
宮中から、お使いが雨の脚よりも、更に、しきりに来る。
主が、お嘆きになっているとのことで、まことに、恐れ多く、しいて、元気を奮い起こす。
大臣たちも、世話をし、大臣自身が、おこしになって、色々なことを指示されるかいもあり、二十日ほど、重く、おわずらいになっていたが、余病も出ずに、快方にお向かいした様子である。


けいめいし給ひて
これは、経営である。
意味は、精出して励むという。

ことなるなごり残らず
別の病気などは、無かった。

おこたるさまに
善い方向に向かった。
病が、怠るのであるから、病が無くなるのである。



けがらひ忌み給ひしも、ひとつに満ちぬ夜なれば、おぼつかながらせ給ふ御心わりなくて、内の御とのい所に参り給ひなどす。大殿、わが御車にて、迎へ奉り給ひて、御物忌み、何やと、むつかしうつつしませ奉り給ふ。我にもあらず、あらぬ世によみがへりたるやうに、しばしはおぼえ給ふ。



穢れを、忌み、ちょうど一緒に済まされた夜が、お所上げである。
ご心配あそばす、主のお心も、恐れ多く、宮中の私室に、お上がりなさる。
大臣は、自分の車で、お迎えなさって、御物忌みや、何やかにやと、厳重に、慎みを、おさせになる。
まったく、夢のようで、別の世界に、生き返るような、気分であった。

あらぬ世によみがへりたるやうに
別の世界に、生まれ変ったような、気持ちである。


穢れとは、死の穢れである。
三十日目に、病気も、治ったのである。
それは、死の穢れも、終わる日であった。


当時の人は、実に、素直であったと、思う。
そのようなものと、言われれば、そのような、気持ちになるのである。
情報量の少ない時代である。
それを、察する記述である。



九月廿日の程にぞ、おこたりはて給ひて、いといたくおもやせ給へれど、なかなかいみじくなまめかしくて、ながめがちに、ねをのみ泣き給ふ。見奉りとがむる人もありて、「御もののけなめり」など言ふもあり。


九月二十日の頃に、御全快なさり、とても、酷くおやつれになったが、かえって、素晴らしく美しく、とかく、外をぼんやりと、眺めては、声を上げて泣いている。
それを、見かけて、怪しむ女房もあり、御物の怪ゆえだろう、などと言うのである。



右近を召し出でて、のどやかなる夕暮に物語りなどし給ひて、源氏「なほ、いとなむあやしき。などて、その人と知られじとは、隠い給へりしぞ。まことにあまの子なりとも、さばかりに思ふを知らで、隔て給ひしかばなむ、つらかりし」と宣へば、右近「などてか深く隠し聞え給はむ。はじめより、あやしうおぼえぬさまなりし御ことなれば、「うつつともおぼえずなむある」と宣ひて、御名隠しも「さばかりにこそは」と聞え給うながら、「なほざりにこそ紛らはし給ふらめ」となむ、うき事おぼしたりし」と聞ゆれば、源氏「あいなかりける心くらべどもかな。我は、しか隔つる心もなかりき。ただかやうに人に許されぬふるまひをなむ、まだ慣らはぬ事なる。うちに諌め宣はするをはじめ、つつむこと多かる身にて、はかなく人にたはぶれごとを言ふも、所せう取りなし、うるさきこと多かる身の有様になむあるを、はかなかりし夕べより、あやしう心にかかりて、あながちに見奉りしも、「かかるべき契りにこそはものし給ひけめ」と思ふも、あはれになむ、又うちかへし辛うおぼゆる。


右近を呼び寄せて、お暇な夕暮れ時、世間話などをする。
源氏は、やはり、どうしても、変だと思う。
何故、誰なのかと、解かられまいと、隠していたのか。
本当に海女の子であるにしても、あれほど、私が恋しく思っていることを、察しないで、水臭くしているのは、辛かった。と、仰る。
右近は、どうして、そんなに隠し申しなさることが、ありましょう。
おなじみも浅く、いつの折にも、大したものではない、お名前を、お耳に入れましょう。
最初から、腑に落ちず、思いもかけない方ですので、夢でも、見ている気持ちがすると、仰って、あなた様が、お名前を隠していられるのも、たぶん、いい加減に、あしらっているのでしょうと、辛く思っていたようです。と、申し上げる。
源氏は、つまらない、意地の張り合いだった。
私は、そんなに、隔てを置くつもりはなかった。
ただ、こんなふうに、皆に、止められている、忍び歩きは、初めてのことだった。
主が、お叱りあそばすのを、はじめに、遠慮の多い、この身では、少し、誰かに、冗談を言いかけても、大袈裟に、受け取られて、取り上げられる、うるさいほどの、身分なので、あの、ふっとしたことのあった、夕べから、不思議に気になって、無理やりお会いしたことも、このような、宿縁だったのだろう。
懐かしくも、辛くも、思われる。


あはれになむ
この場合は、懐かしくと、訳してみる。
切なくでも、いい。



かう長かるまじきにては、などさしも心にしみて哀れとおぼえ給ひけむ。なほ詳しく語れ。今はなにごとも隠すべきぞ。七日七日に仏かかせても、誰がためとか心のうちにも思はむ」と宣へば、右近「何か隔て聞えさせ侍らむ。みづから忍び過ぐし給ひし事を、なき御うしろに、口さがなくやは、と思ひ給ふるばかりになむ。親たちははやうせ給ひにき。三位の中将となむ聞えし。いとらうたきものに思ひ聞え給へりしかど、我が身のほどの心もとなさをおぼすめりしに、命さへ堪へ給はずなりにしのち、はかなきもののたよりにて、頭の中将なむ、まだ少将にものし給ひし時、見そめ奉らせ給ひて、みとせばかりは心ざしあるさまに通い給ひしを、こぞの秋ごろ、かの右の大殿より、いと恐ろしき事の聞え、まうで来しに、ものおぢわりなくし給ひし御心に、せむかたなくおぼしおぢて、西の京に御めのとの住み侍る所になむ、はひ隠れ給へりし。



こんなに、短い縁だったのに、何故、あんなに、しみじみと、愛しく思われたのか。
もっと、詳しく、お話したかった。
今は、何も、隠すことはない。
名前を知らなければ、七日七日に、仏像を描かせても、誰の冥福を祈るのかと、心の中でも、思うと、仰る。
右近は、何のお隠し申しましょう。
ご本人が、仰らなかった事を、お亡くなりになった後で、口軽くしてはと、思っただけです。
ご両親は、もう、お亡くなりになりました。
三位中将と、申されました。
とても、可愛がりましたが、運の思うように、いかないことを嘆いていました。
ご寿命までも、思うに任せず、早く、お亡くなりになりました。
その後、ふっとした、ご縁で、頭の中将様が、まだ少将でいらした時に、お通いはじめて、三年ほどは、お情け深く、お通いなさいましたが、去年の秋ころ、あの、本妻の、右大臣様の方から、とても、恐ろしいことを申しておいでで、怖がりの性分ですので、わけもなく、怯えて、西の京に、御乳母が住んでいます所に、こっそり、忍ばれました。



それもいと見苦しきに、住みわび給ひて、山里にうつろひなむとおぼしたりしを、今年よりはふたがりけるかたに侍りければ、たがふとて、あやしき所に物し給ひしを、見あらはされ奉りぬる事と、おぼしく嘆くめりし。世の人に似ず、ものづつみもてなして御覧ぜられ奉り給ふめりしか」と語り出づるに、「さればよ」と、おぼしあはせて、いよいよ哀れまさりぬ。


そこも、あまりの、むさ苦しさに、住みづらくなりまして、山里に、引越しをなさろうとしましたが、今年からは、方角が悪いということで、方違えとして、妙な所にお出でになり、見つけたことを、嘆いていました。
普通の方とは、違い、ご遠慮あそばして、お慕い申していると知られたら、お会わせする顔もなくなると思いで、お顔には、出さないようにして、お迎えして、いらしたようです。と、話すのである。
それじゃあ、矢張りと、思い合わせて、益々、愛情が増すのであった。


この段では、哀れという言葉が、何度か、出てくる。
あはれ、ではなく、哀れと、漢字である。
あはれ、と、哀れは、違いがあるのかと、思えば、そうではない。

あはれ、も、哀れも、同じ意味である。
使い分けをしている訳ではない。
しかし、哀れの場合は、憐れに、近い感覚である。

ふたがりけるかた
方角が悪い場所である。
そして、それは、当時、たがふ、という、方違えという、方法を取る。
つまり、悪い方角に行く前に、その方角を、善い方角に変える意味で、悪い場所かせ、善い方角になる、場所へ、一端移り、そこから、悪いという、方角に向かう行為である。

陰陽道による。

源氏は、右京から、女の素性を、聞くことになる。
それを、聞いて、益々と、女を愛しいと思うのである。

頭の中将とは、源氏の妻の兄である。
また、面白くなってきた。



posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第6弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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