2008年08月11日

もののあわれ273

右近を、源氏「いざ二条の院へ」と宣へど、右近「年ごろ、をさなく侍りしより、かた時たち離れ奉らず、慣れ聞えつる人に、にはかに別れ奉りて、いづこにか帰り侍らむ。いかになり給ひにきとか、人にも言ひ侍らむ。悲しき事をばさるものにて、人に言ひさわがれ侍らむが、いみじきこと」と言ひて、泣きまどひて、右近「けぶりにたぐひて慕ひ参りなむ」といふ。源氏「ことわりなれど、さなむ世の中はある。別れといふもの悲しからぬはなし。とあるも、かかるも、同じ命の限りあるものになむある。思ひなぐさめて、我を頼め」と宣ひこしらへても、源氏「かくいふ我が身こそは、生きとまるまじきここちすれ」と宣ふも、頼もしげなしや。



右近に向かって、源氏が、さあ、二条の院へ行きましょうと言う。
すると、右近は、長年、小さな時分から、少しも離れることなく、親しくしていましたお方に、急にお別れして、どこに、帰れましょう。どうなったと、皆に申せましょう。悲しいことは、ともかく、皆に、色々と言われることが、辛いです、と言う。
おろおろと泣き、あの方の、煙と一緒に、私も、後を追いたい。
源氏は、誠に、もっともなことだが、世の中は、こうしたもの。
別れが悲しくないということは、ない。
先に死ぬのも、後に残るのも、みな寿命として、決められたこと。
悲しみは、静めて、私に頼りなさいと、言う。
源氏は、そういう自分の方が、生き永らえることが、出来ないという気持ちがすると、仰るのも、頼りないことである。


けぶりにたぐひて慕い参りなむ
煙と、一緒に、私も慕い、参りたい。

かくいふ我が身こそは、生きとまるまじきここちすれ と宣ふも 頼もしげなしや
これは、作者の思いである。

とあるも かかるも
ああなのも、こうなのも
様々な姿である。



惟光、「よは明けがたになり侍りぬらむ。はや帰らせ給ひなむ」と聞ゆれば、かへり見のみせられて、胸もつとふたがりて、出で給ふ。道いと露けきに、いとどしき朝霧に、いづこともなくまどふここちし給ふ。

惟光が、夜は明け方になります。早々に、お帰りあそばしましょうと、言う。
源氏は、後を振り返り、振り返りして、胸いっぱいになり、お立ち出でになる。
君の、お目には、涙の露、そして、道は朝露で濡れ、さらに、朝霧で立ちこめた道である。
いっそう、見えにくく、何処とも知らず、さ迷うような気がするのである。


美しい、情景である。
道いと 露けきに いとどしき朝霧に いづこともなく まどふここちし
道は、朝露に濡れ、更に、朝霧が立ち込めて、何処のなのか解らぬ茫漠とした、風景の中を、惑う心持で、進むのである。

源氏の、心模様を、その風景で、表すのである。
目の前の、風景が、心の姿なのである。
紫の、筆は、いつも、人の心模様と、風景を対にして、描く。
これを、一言で、言うとき、あはれ、という言葉になる。



ありしながらうち臥したりつるさま、うちかはし給へりしが、我が御くれないの御ぞの、着られたりつるなど、いかなりけむ契りにかと、道すがら思さる。


あの夜の、姿のままに横なっていた様。
着せた、自分の紅の、御衣が、そのままかかっていた。
どうした、前世の縁で、このようなことになったのかと、道々、お心に、浮かぶ。


当時の、浄土思想によるもので、前世の因縁と、考える。
これは、その後も、日本人の、基本的感情になった。
何ゆえの、前世の因縁かという、考え方である。
それを、理由として、考える方が、易いのである。


御馬にもはかばかしく乗り給ふまじき御さまなれば、また惟光そひ助けておはしまさするに、堤の程にて御馬よりすべり降りて、いみじく御ここちまどひければ、源氏「かかる道の空にて、はふれぬべきにやあらむ。さらにえ行き着くまじきここちなむする」と宣ふに、惟光ここちまどひて、「わがはかばかしくは、さ宣ふとも、かかる道にいて出で奉るべきかは」と思ふに、いと心あわただしければ、川の水にて手を洗ひて、清水の観音を念じて奉りても、すべなく思ひまどふ。君もしひて御心をおこして、心のうちに仏を念じ給ひて、又とかく助けられ給ひてなむ、二条の院へ帰り給ひける。



お馬にも、うまく乗れない様子である。
惟光は、助けつつお連れするが、途中、加茂川の堤の辺りで、滑り落ちてしまった。
源氏は、酷く、気分が悪くなり、こんな道端で死んでしまうのか、とても、帰り着けそうにないと、仰る。
惟光は、惑い、そう仰るが、それは、自分が、こんな所に、お連れしたからだと、思い、川水で、手を洗い、清水観音に、祈願する。しかし、途方に暮れる。
惟光の、様子に、君は、力を絞り、気力を出して、心に、仏を念じる。
それゆえか、何とか、二条の院に、辿り着いた。


いみじく 御ここちまどひければ
酷く、気持ちが、動揺するのである。気分が悪くなる。

はふれぬべきにや あらむ
ここで、死んでしまうのか。

いと心あわただしければ
大変、気持ちが、落ち着かない。慌ててしうのである。

互いに、観音や、仏を、念じるという。
人知を超えたところのもの、それは、観音や仏であった。
平安の頃より、そうして、観音信仰、仏信仰に、頼るのである。

日本人の原風景は、万葉であるが、平安期になって、仏の法、ほとけののり、としての、仏教に、大きく影響されている。
当時の、仏教は、天子、貴族の、仏教であり、ハイカラな、ものだった。
信仰という、観念は無い。
拝むべき、もの、という意識である。
人間を超えた存在という、意識である。

庶民には、手の届かない、仏の教えだった。
ただし、平安貴族の、退廃振りは、この仏教の、無常観というものが、大きく影響した。
一種、インドのバラモン、ヒンドゥーに近い感覚である。
すべては、因縁により、起こる。
人間は、それに手出しは出来ないという、諦観である。

その、良し悪しは、別枠の、エッセイ、神仏は妄想である、で、お読み下さい。



posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第6弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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