2008年08月09日

もののあわれ271

日暮れて惟光参れり。「かかるけがらひあり」と宣ひて、参る人々も皆立ちながらまかづれば、人しげからず。召し寄せて、源氏「いかにぞ、今はと見はてつや」と宣ふままに、袖を御顔に押しあてて泣き給ふ。



日が暮れて、惟光が、やって来た。
こういう穢れがあると、仰ったので、参上する人も、皆、退出し、お宅は、閑散としていた。
惟光を、呼びよせて、源氏は、どんな、最後を見定めたのか、と言う。
そのまま、袖にお顔をおしあてて、お泣きになるのである。



惟光も泣く泣く、「今は限りにこそは物し給ふめれ。ながながと籠り侍らむも便なきを、あすなむ日よろしく侍れば、とかくの事、いと尊き老僧のあひ知りて侍るに、言ひ語らひつけ侍りぬる」と聞ゆ。源氏「添ひたりつる女はいかに」と宣へば、惟光「それなむ又え生くまじく侍るめる。右近「われも遅れじ」とまどひ侍りて、けさは谷に落ち入りぬとなむ見給へつる。右近「かのふるさと人に告げやらむ」と申せど、「しばし思ひ静めよ。事のさま思ひめぐらして」となむ、こしらへおき侍りつる。と語り聞ゆるままに、いといみじとおぼして、源氏「我もいとここち悩ましく、いかなるべきにかとなむおぼゆる」と宣ふ。


惟光も、泣く泣く、もう最後で、ございました。
長いこと、籠もりますのも、不都合ゆえに、明日の日が、よろしゅうございますから、それのことを、尊き老僧で、懇意にしている者に、頼んでおります。と、申し上げる。
源氏は、付き添っていた女は、どうした、と尋ねる。
惟光は、あれは、また、生きられそうにも、ございませんようで。
自分も、一緒にと、正体もなく、今朝など、谷に、飛び込みかけました。
あの、五条の家に、知らせようと言いましたが、しばらく気を落ち着けて、事情を十分考えてからと、慰めました。
そう、報告するのを、源氏は、ただ、悲しくて、たまらず、私も、とても、気分が勝れず、どうなることか、という、気がすると、仰る。

こしらへおき
慰める。
心の有様を、こしらへる、のである。



惟光「何かさらに思ほしものせさせ給ふ。さるべきにこそよろづの事侍らめ。人にも漏らさじと思ふ給ふれば、惟光おりたちて、よろづは物し侍り」など申す。源氏「さかし。さ皆思ひなせど、浮かびたる心のすさびに、人をいたになしつるかごとおひぬべきが、いとからきなり。少将の命婦などにも聞かすな。あま君、ましてかやうの事などいさめらるるを、心はづかしくなむおぼゆべき」と、口がため給ふ。惟光「さらぬ法師ばらなどにも、みな、言ひなすさま異に侍り」と聞ゆるにぞ、かかり給へる。



惟光は、何を、今更、ご心配あそばすのですか。因縁によりてのことです。誰にも、知らせないようにと、惟光が、すべていたしました。と、言う。
源氏は、そうか、そう思ってみるが、浮気心の、遊びから、人を死なせてしまった非難は、避けられないのが、実に、たまらない。少将の命婦などにも、知らせるな。尼君なら、いっそうに、喧しい。知られたら、会わす顔もない。と、口止めする。
惟光は、その他の、僧などにも、いずれも、皆、違ったように話しています、と言う。
源氏は、それを聞いて、力強く思う。

命婦とは、惟光の、姉妹のことである。
尼君とは、惟光の、母親のこと。

ましてかやうの事など いさめらるるを
まして、こんなことは、諌められる、喧しく言われる。

源氏は、女が、死んだことを、
いとからきなり、と言う。
からき、とは、堪らない気持ちである。



ほの聞く女房など、「あやしく、何事ならむ。けがらひのよし宣ひて、内にも参り給はず。又かくささめき嘆き給ふ」と、ほのぼのあやしがる。源氏「さらにことなくしなせ」と、そのほどの作法宣へど、惟光「なにか。ことごとしくすべきにも侍らず」とて立つが、いと悲しくおぼさるれば、源氏「便なしと思ふべけれど、いま一たびかのなきがらを見ざらむが、いといぶせかるべきを、馬にて物せむ」と宣ふを、いとたいだいしき事と思へど、惟光「さおぼされむはいかがせむ。はやおはしまして、夜ふけぬさきに帰らせおはしませ」と申せば、このごろの御やつれにまうけ給へる狩りの御さうぞく着かへなどして出で給ふ。



小耳にする、女房などは、変ですね、何事でしょう。穢れに触れたと、おっしゃって、参内もあそばさず、それに、ひそひそ話で、お嘆きになっている、と、不審がる。
源氏は、この上は、手抜かり無く、はからえ、と、葬式のやり方をおっしゃる。
惟光は、仰々しくいたすべきでは、ごささいません。と言い、席を立つのが、とても、悲しく思われる。
源氏は、不都合と、そちは、思うだろが、もう一度、あれの、亡骸を見ないでは、いつまでも、気がかりになるので、馬で行く、と、仰る。
それは、とんでもないと、思うが、惟光は、そう思われるならば、いたしかたありません。早く、お出まして、夜の更けぬうちに、お帰り遊ばしませと、言う。
このほど、作られた、御狩衣に、御召しかえなどなさり、お出かけになるのである。


ことごとしくすべきにも侍らず
身分の高い女ではないから、それほど、仰々しくしなくても、いい。

いといぶせかるべきを
いぶせ、気分が、晴れないのである。

いとたいだいしき事
そんな、ことは、源氏の身分では、してはいけないのである。

さおぼされむは いかがせむ
そのように、思われるならば、しかたがない。

このごろの御やつれにまうけ給へる 狩りの御さうぞく
微行、びこう、である。
人に知られず、行為すること。
そのために、作った、狩衣である。
御さうぞく、は、装束である。



posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第6弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。