2008年08月08日

もののあわれ270

人々、「いづこよりおはしますにか、悩ましげに見えさせ給ふ」など言へど、御帳のうちに入り給ひて、胸を押さへて思ふに、いといみじければ、「などて乗り添ひて行かざりつらむ。いかなるここちせむ。「見捨てて行きあかれにけり」と、つらく思はむ」と、心まどひのうちにも思ほすに、御胸せきあぐるここちし給ふ。御ぐしも痛く、身も熱きここちして、いと苦しくまどはれ給へば、「かくはかなくて、我もいたづらになりぬるなめり」と、おぼす。



女房たちは、どこからお帰りやら。ご気分が悪いようです。などと、言う。
黙って、御帳台の中に、お入りになる。
胸に手を当てて思うと、どうにも、たまらなくなり、どうして一緒に乗ってあげなかったのかと、生き返ったとしたら、どんな気がしよう。見捨てていかれた、薄情者だと、思うだろう。心騒ぐ中にも、そう思われる。
胸がつまり、頭も痛くなり、熱もあるようである。
とても、苦しく、このように元気がないとは、自分も、死んでしまうのではないか、と思うのである。


かくはかなくて 我もいたづらになりぬるなめり
このように辛くては、我も、死ぬのかもしれない。

女の死に、自分の死を、考える。

心まどひのうちにも
心の、惑い、動顚である。


日たかくなれど、起き上がり給はねば、人々あやしがりて、御かゆなどそそのかし聞ゆれど、苦しくて、いと心ぼそくおぼさるるに、内より御使ひあり。きのふえ尋ね出で奉らざりしより、おぼつかながらせ給ふ。おほい殿の君だち参り給へど、頭の中将ばかりを、源氏「立ちながら、こなたに入り給へ」と宣ひて、みすのうちながら宣ふ。


日は、高くなったが、起き上がりされないので、女房たちは、変だと思いつつ、食事をお勧めするが、君は、苦しく、心細くいらっしゃる。
そこに、宮中から、お使いが、ある。
昨日、お捜し出せなかったので、主は、ご心配あそばす。
大臣の家の若君方が、お出でになったが、頭の中将だけを呼び、立ったまま、こちらに、お入りくださいと、言う。
御簾を隔てたままに、おっしゃる。


源氏は、正式な衣装に着替えることも、できなかったのだ。
それ程、衝撃的事件だった。



源氏「めのとにて侍る者の、この五月のころほひより重くわづらひしが、かしらそり忌む事うけなどして、そのしるしにや、よみがへりたりしを、このごろまたおこりて、弱くなむなりたる、今ひとたびとぶらひ見よと申したりしかば、いときなきよりなづさひし者の、いまはのきざみに、つらしとや思はむ、と思う給へてまかれりしに、その家なりける下人の病しけるが、俄に出であへでなくなりけるを、おぢ憚りて、日を暮らしてなむ取り出で侍りけるを、聞きつけ侍りしかば、神わざなるころいと不便なる事と、思う給へかしこまりて、え参らぬなり。この暁より、しはぶきやみにや侍らむ、かしらいと痛くて、苦しく侍れば、いと無礼にて聞ゆること」など宣ふ。



乳母である者が、この五月から、重病でありましたが、髪を下ろし、戒を受けて、その効験で、生き返りました。
しかし、近頃、再発して、弱ってしまい、もう一度、見舞ってくれと申すので、幼い時からの、関係であり、臨終の時に、薄情者と、思われると、考えて、参りました。
すると、その家にいた、下人で、病にあった者が、外へ出す間もなく、急死してしまいました。
それを、恐れつつしんで、日が暮れるのを待ち、担ぎ出したことを、耳にして、神事の多いこの頃の事、不都合千万と、恐れ多く感じて、参内せずにいたのです。
今朝、明け方から、風邪でしょうか、頭が痛く、苦しいものですから、はなはだ失礼でしたが、申し上げる次第です。と、仰る。


いと きなきより なづさひし者の
幼き頃からの、親しんでいた者
神わざなるころいと 不便なる事と
神わざ、とは、神事である。九月は、神事が多い。
死の、けがれは、三十日間である。

無礼、ぶらい
ぶれい、ではない。礼無き様をいう。



中将、「さらば、さるよしをこそ奏し侍らめ。よべも御遊びに、かしこく求め奉らせ給ひて、御気色あしく侍りき」と、聞え給ひて、立ち返り、中将「いかなる行き触れにかからせ給ふぞや。のべやらせ給ふ事こそ、まことと思う給へられね」と言ふに、胸つぶれ給ひて、源氏「かくこまかにはあらで、ただおぼえぬけがらひに触れたるよしを奏し給へ。いとこそたいだいしく侍れ」と、つれなく宣へど、心のうちには言ふかひなく悲しき事をおぼすに、御ここちも悩ましければ、人に目も合はせ給はず。蔵人の弁を召し寄せて、まめやかにかかるよしを奏せさせ給ふ。おほい殿などにも、かかる事ありてえ参らぬ御せうそこなど聞え給ふ。



中将は、それでは、その旨を、奏上いたしましょう。
昨夜も、音楽の際に、しきりに、お捜しあそばして、ご機嫌、ななめに拝しました。
と、申し上げて、一度立ったが、また、引き返して、どうした、けがれに、出会いましたのやら。お話の内容は、事実とは、思えません。と言う。
源氏は、ドキッとして、詳しい内容ではなく、ただ、思いがけない、穢れに、出合ったとだけ、奏上してください。
まことに、申し訳ないことです。
何気なく、仰るが、ご心中は、言葉にもならない、悲しみが、込み上げてくる。
ご気分も、勝れず、相手の視線を、受け止めることもできないでいる。
中将と、同行して来た、蔵人の弁を、呼び寄せて、この事情を、奏上するように、しっかりと、仰せになる。
大臣宅にも、こういう事情で、参内できないと、お手紙など、差し上げるのである。

行き触れに かからせ 給ふぞや
穢れたところに、行きあったということ。

いとこそ たいだいしく
怠怠、である。
不心得、持っての他である。

ここで、源氏の、状況が、よく見えるのである。
その立場と、地位である。

蔵人 くらんど の弁
役職の、位である。
太政官の弁局の、中弁とか、少弁とかを、いう。
更に、蔵人を、兼ねる者である。



posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第6弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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