2008年08月07日

もののあわれ269

さ言へど、年うちねび、世の中のとある事としほじみぬる人こそ、もののをりふしは頼もしかりけれ、いづれもいづれも若きどちにて、言はむかたもなけれど、惟光「この院守りなどに聞かせむ事は、いと便なかるべし。この人ひとりこそ、むつまじくもあらめ、おのづから、もの言ひ漏らしつべき眷属も、立ち交りたらむ。まづ、この院を出でおはしましね」と言ふ。


なんといっても、年も取り、世間のことに経験を積んだ者なら、まさかの時に、頼みになるが、君も惟光も、若者である。
言う言葉がなかった。
惟光は、この屋敷の、留守番などには、話しては、いけない。あの者一人ならばいいが、何かの時に、つい身内の者に、喋ることもあろう。
なににより、この院を出ましょうと、言う。



源氏「さて、これより人少ななる所は、いかでかあらむ」と、宣ふ。惟光「げに、さぞ侍らむ。かのふるさとは、女房などの悲しびに堪へず、泣きまどひ侍らむに、隣しげく咎むる里人おほく侍らむに、おのづから聞え侍らむを、山寺こそ、なほかやうのこと、おのづから行きまじり、もの紛るる事はべらめ」と、思ひまはして、惟光「むかし見給へし女房の、尼にて侍る、ひんがしの山の辺に、移りし奉らむ。惟光が父の朝臣のめのとに侍りし者の、みづはぐみて住み侍るなり。あたりは人しげきやうに侍れど、いとかごかに侍り」と、聞えて、明けはなるる程の紛れに、御車寄す。



源氏は、でも、ここより、人気の無いところはないだろうと、言う。
惟光は、いかにも、そうですが、あの元の家は、女房などがかなしに堪えきれず、泣き騒ぐでしょう。隣近所も、下々の者たちが、聞き耳を立て、評判になります。
山寺なら、このようなことは、自然にありましょうから、目立だないだろうと、思案し、
以前、懇意にしていた、女房が、尼になって住んでおります、東山の辺りに、移しましょう。惟光の、父の乳母だった者です。
老い崩れて住んでいます。
あの辺は、人目が、多いようですが、至って、静かな場所です。
と、申し上げて、夜明けの頃の、ざわめきに紛れて、御車を寄せるのである。

みづはぐみて
はなはだしく年を取る。
老いに崩れて。

いとかごかに
閑散としている。
静寂がある。


この人をえいだき給ふまじければ、うはむしろにおしくくみて、惟光乗せ奉る。いとささやかにて、うとましげもなくらうたげなり。したたかにしもえせねば、髪はこぼれいでたるも、目くれまどひて、あさましう悲しとおぼせば、なりはてむさまを見む、と、おぼせど、惟光「はや御馬にて二条の院へおはしまさむ。人さわがしくなり侍らむ程」とて、右近を添へて乗すれば、かちより、君に馬は奉りて、くくり引上げなどして、かつはいとあやしく、おぼえぬ送りなれど、御気色のいみじきを見奉れば、身を捨てて行くに、君はものもおぼえ給はず、われかのさまにておはし着きたり。



この女を、君は、抱けそうにもないので、上敷きにくるみ、惟光が、乗せた。
とても、小柄で、厭な感じもなく、かわいらしい。
髪が、こぼれ出しているのが、目に入ると、君は、涙が溢れ出し、何も見えず、たまらなく悲しく思い、その果てを、見届けようとするが、惟光が、早くお馬で、往来が、騒がしくならないうちに、二条の院に、お帰りくださいと、言う。
車には、右近を付き添わせて、乗せる。
惟光は、徒歩にて、君には、馬を差し上げ、指貫の裾をくくり上げて、行く。
実に、妙な葬送である。
源氏の、悲嘆する様を見て、我が身のことは、考えないのである。
源氏は、何も判断できず、我を失う有様で、二条の院に到着した。


かつは いとあやしく
実に奇妙で、ある。

われ かれの さまにて
我なのか、彼なのか、つまり、我を忘れる様。

あっけなく、物の怪により、命を落とした、夕顔の巻である。

これは、後の物語の、伏線にもなるのである。
当時の、死霊、生霊に対する考え方が、伺える。
それらは、物の怪なのである。

目に見えない世界と、関わって生きているということ、実感として、感じていた時代である。
医学というものが、なかった時代は、その死因なども、解らない。
急死の場合は、物の怪に、憑かれたと、考える。
そうして、原因として、納得していたのである。

現代でも、原因不明の、死というものがある。
どんなに、医学が発達しても、原因不明というものは、ある。

また、この時代は、そういう、目に見えない世界を相手にする、陰陽師という存在があった。それは、宮廷が認めた存在である。
陰陽博士とも言われた。

有名な、安陪清明なども、その一人である。
陰陽とは、中国の、陰陽五行からのもの。ただ、道教などの影響もあり、更に、元からあった、霊的所作を加味して、独特の修法を行ったものである。

更に、当時は、密教の影響により、加持祈祷というものが、当たり前であり、病快癒のための、加持祈祷は、貴族を中心に、多く行われていた。
これについては、このエッセイの主旨ではないので、省略する。

出来心での、行為で、女を死なせたという、源氏の、悲しみと、悩みが、はじまる。
我が身を責める日々である。
それが、どのような形で、新たに展開するのか。

物語は、どんどんと、進む。




posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第6弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。